目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。
天国とは程遠い自分の部屋。
現実の世界に存在する質素な自分の部屋。
「生きてる…?」
なぜ、自分は生きているのだろう?
昨夜、搾死させられたのではないのか。
不思議に思いながら、体を起こす。
その時、左手が妙なものに触れた。
「?」
それにはぬくもりがあって柔らかく、弾力がある。
「ん…」
続いて聞こえたのは女の声。
しかも聞き覚えのある声だ。
ハンスが恐る恐る声の方を見ると、自分とぴったり寄り添うようにミリアが寝ていた。
「うわっ!」
ハンスはほとんど転がり落ちるように、ベッドから出た。
派手な音がしたからか、ミリアの目がうっすらと開き、こちらを見た。
「ああ、おはよう。よく眠れた?」
「へ?あ、ああ…」
眠れたかと問われ、ハンスは間抜けな声で返事を返す。
だが、覚めてきた頭がそんなのん気な話をしてる場合ではないと指令を出していた。
「じゃなくて!なんで一緒に寝てるんだよ!」
…まだ完全には覚めていないらしい。
なぜ自分が生きているのか問おうとしたのに、口から出てきたのはそんな言葉だった。
ミリアは上半身だけを起こすと、優しい笑顔でこちらを見る。
「…とりあえず、ズボンはいたら?」
「あ?うわあ!」
言われて気がついた。
今の自分は下半身丸出しのあられもない姿だった。
慌てて床に落ちていたズボンを拾い、身につける。
そんな様子をミリアは楽しそうに眺めていた。
「さっきのあなたの問いだけどね。お腹いっぱいになったら、眠くなっちゃったのよ。家に帰ってもよかったのだけど、せっかくだからお泊りしていこうと思ってね」
それで、一緒に寝ていたということか。
「で、どうだった?童貞だったんだから、添い寝をしてもらったこともないでしょ?初めての添い寝の感想は?」
そんなことを言われても、気を失っていたハンスに感想など言えるはずもない。
「知るか!それより、なんで殺してくれなかったんだ!お前なら簡単に出来たはずなのに、なんで!!」
「あなたがなぜ死を求めるのか、興味あったからよ」
さっきまでの優しい表情を消し、真剣な顔でミリアが見つめてくる。
その言葉に、ハンスは感情を爆発させた。
「そんなの決まってる!俺には親もいない!仕事もない!財産だってない!もう生きていく意味も方法も、俺にはないんだよ!」
「だから、死ぬと?」
「そうだ!」
鼻息荒くミリアを睨みつけると、冷めた目を返された。
「臆病者ね」
「なに!?」
馬鹿にされた気がして、ミリアを再び睨もうとした。
しかし、ベッドの上に彼女の姿はなく、いつの間にか目の前にいた。
それも一歩踏み出せば体がぶつかるような距離に。
それぐらい近くにいるというのに、ミリアは顔を近づけてくる。
まるでキスをするように。
「あなたは認めたくない現実から逃げたいだけ。臆病者ではないというなら、一体なんだというの?」
赤い瞳がすぐ近くから、ハンスを射抜いてくる。
まるで全てを見透かすかのようなその瞳に、ハンスは気圧され、後ずさる。
「だ、黙れ!」
そんなことを言いながらも、体は後退し、壁にぶつかる。
「お前になにがわかる!なにも知らないくせに、知ったようなこと言うな!」
「そうね、確かに私はあなたのことを知らない。けど、知りたいとも思わないわ。でもね」
ミリアはしゃべりながら、距離を詰めてくる。
バサリという音がして、その背に天使の如き黒い翼が現れる。まるでこれから罪人に罰を与えるように。
それに体がびくりと反応し、ハンスは反射的に逃げようとする。
しかし、石像にでもなったかのように足が動かなかった。
そんなハンスの前に立ち、ミリアは言葉を続けた。
「あなたより不幸な人がたくさんいるということくらいは私にもわかる」
ミリアはそっとハンスの胸に右手を当てた。
「誰にでも目を背けたくなるような現実があるの。それでもみんな生きている。人も魔物も、ね。だから、生きようとする意志を放棄しないで」
淡々と語るミリアの言葉には思いやりがあった。
それがわかったからこそ、ハンスの怒りは静まり、別の感情が込み上げてくる。
それは悔しさだった。
ただ、なぜ悔しいのかがわからない。
「…俺にどうしろって言うんだよ…?」
今まで立っていられたのは怒りのおかげだったようで、ハンスはその場に崩れ落ちる。
「なにをしたいのか、それを見つけるのはあなたよ。これは一度しかない、あなただけの人生なのだから」
ミリアは後ろに下がると、踵を返した。
「ミリア…?」
「夜にまた会いに来るわ。その時に聞かせて。あなたがどうしたいのか」
「けど、俺は―」
「生まれた意味を考えてみるといいわ」
言いかけた言葉はミリアに遮られる。
そして少しの間を空けて、ミリアは言葉を続けた。
「それでもあなたが死を望むのなら、…そ
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