店のカウンターに立っているシオスは、これは夢ではないかと思った。
そこまで広いわけでもない店内は多くの人で溢れていた。しかも、そのほとんどが常連ではなく、普段はこの店に来ることなどないような人ばかりだ。こんなことはシオスが店を引き継いでから一度もなかった。
その理由は間違いなくカトレアから購入したトリコフルーツだ。シオスは他の果物よりわずかばかり高めの値段で棚に並べたのだが、二箱分の量が完売するまで四日とかからなかった。
物は試しにと買ってくれた新しい物好きの常連さんが翌日、店の開店より先に買いに来てくれたことは衝撃だった。開店の準備をしていたシオスが「どうしたんです?」と尋ねると、昨日買ったトリコフルーツがおいしかったから、今日も買いに来たと言うのだ。
値段の設定もよかったらしく、少し割高だが珍しくておいしい果物という噂はすぐに広がった。元より噂は疫病より早く広がるものだが、今回ほどそれを実感したことはなかった。完売した四日目の日には町の東側から来たお客さんも大勢いて、「珍しくておいしい果物があると聞いたけど、どれなの?」という質問に売りきれだと何度答えたか分からない。その結果、いつ入荷されるか分からない果物を買おうと、連日のように足を運ぶお客さんが店内に溢れている。
売れるとは思ったが、ここまで人を呼び込むとは考えなかったので、シオスとしては予想外の結果に驚くばかりだった。それと同時に、早くカトレアが来てくれないかと店の前を気にして、荷馬車の音がする度にそちらを見てしまう癖がついた。
待ちに待ったカトレアが再び店を訪れたのは、トリコフルーツが完売してから十日後のことだった。前回と同じように店の前に荷馬車を止めると、軽やかに御者台から降りてきて微笑む。
「お久しぶりね。近くに用があったから、また寄らせてもらったわ」
「わざわざありがとうございます。しかし、助かりましたよ。実は、またトリコフルーツを仕入れさせてもらいたいんですが……」
シオスがさっそく申し出ると、カトレアは小首を傾げてみせた。
「あら、いきなり商談だなんて、どういう風の吹き回し? 前回はあんなに警戒していたのに」
「え、あ、いや、すいませんっ。ええと、そうですね、何から話そうかな……」
もっともな指摘をされて慌てるシオスを見て、カトレアは吹き出した。
「ごめんなさい。ちょっと意地悪をしたわ。その様子だと、トリコフルーツは売れたみたいね」
「え、ええ。おかげさまで」
「それはよかった。お望みの品は今日も持ってきているわ。今回はどれだけ買ってくれるのかしら?」
「今回は多めに仕入れようかと思うんですけど、いいですか?」
「もちろんよ。ただ、そうなるとここで商談を続けるよりは裏に回った方がよさそうね。この前の荷揚げ場でいいかしら?」
「話が早くて助かります。僕もすぐ裏に行きますから」
カトレアはこくりと頷き、御者台に戻ると慣れた手つきで手綱を操り、あっと言う間に角を曲がって見えなくなった。
シオスも店内を通過し、裏の荷揚げ場に出て彼女の到着を待つ。そしてすぐに栗毛色の馬とともに、カトレアの荷馬車がやってきた。
「さてと。では商談といきましょうか。今回はいくつ買ってくれるのかしら?」
そう言いつつ軽く首を傾げるのは、カトレア自慢の仕草なのだろう。美人な容姿も手伝って、ものすごく様になっている。
シオスはそんな仕草に目を奪われつつも、返事はしっかりと返した。
「あるだけ買わせていただくというのは問題ないですか?」
ここ数日間の客を見るに、十箱買ったとしても間違いなく売れるとシオスは確信している。よって少し強気な仕入れをすることにしたのだ。
しかし、カトレアは不思議そうにシオスを見つめてきた。
「あの、なにか問題が?」
予想外の反応に少し戸惑ってしまう。もしかしたら、頭の中でいくらで売りつけるか計算しているのかもしれない。
そんな事態になったら値段の設定はどうするかと考え始めると、カトレアはふと笑った。
「いえ、二回目にしては随分思い切った仕入れをするなと思っただけ。いいわ、今回は全部で八箱持ってきているから、銀貨十五枚ね」
「十六枚でしょう」
即座に訂正すると、カトレアは今度ははっきりと笑った。
「あなた、変わっているわね。安く買える時点で大概の商人は指摘せずに気づかなかったふりをするのに。それとも、恩を売りたいのかしら?」
そう言われると困ってしまう。だが、シオスに恩を売るつもりなどない。指摘したのは、きちんとした取引にしたかったからだ。
「いえ、そんなつもりはないです。ただ、お互いに気持ちのいい取引にしたかっただけで」
「実直ね。まあ、それは私も同じだけど。銀貨で十五枚と言ったのは、なにもうっかり言ったわけではないの。まとめ買い
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