第一章

 運ばれてきたビールを一口飲み、ディーノは不味いと即座に思った。
 元々ビールは好きではないのだ。それでもビールを頼んだのは、懐事情が厳しいからに他ならない。
 ディーノは家の賃貸業をやっているので、家賃という形で毎月彼の元にはまとまった収入が入るのだが、借り手がいなければ当然家賃も手に入らない。
 現在、彼の所有する家には三組の借り手がいるが、正直それだけでは月の収入は少なすぎるのだ。人が少ない理由は単純で、貸家の位置がほとんど町の端という悪条件のせいだ。おかげで、ぶどう酒を飲みたいのを我慢して安いビールに甘んじているのである。
「まったく、やってられねぇ……」
 職人らしき男達が好きな酒を片手に盛大に騒いでいるのを羨ましく思いながら、残りのビールを一息に飲み干してディーノは席を立った。
 流通の拠点ともいえるこの町は夜でも活気があり、あちこちの店で賑やかな声が聞こえる。
 賑やかだということは、それだけ人が入っているということだろう。
それに比べて自分のところはと愚痴りたくなるのを我慢し、ディーノは自宅に戻る。独身なので、家に戻ったところで誰がいるわけでもなく、寂しい一日が終わるだけだ。
 しかし、この日は普段と違った。家の前に、一人の女が立っていたのだ。
 女はディーノに気づいたらしく、ふと顔を向けてきた。
 その人物の顔を見て、ディーノは目を剥いた。
 相手はまだ若い色白の美人だった。それだけに、体に緊張が走る。これ程の器量で商売女だったら、少し手を触れただけでいくら取られるか分かったものではないからだ。
「ここで何を?」
 声が届く距離でディーノが声をかけると、女は少し戸惑った様子で口を開いた。
「お部屋を貸していただけると聞いてお訪ねしたんです。家主さんでしょうか?」
 媚びるような口調だったらもっと警戒したかもしれないが、女は至って丁寧にそう話した。
 少なくとも押しかけの商売女ではないと分かり、ディーノは安堵のため息をつく。
「ああ、そうだ。ディーノという。客なら大歓迎だ。部屋なら幾つも空いてる。さっそく見るか?」
「はい。お願いします」
「わかった。じゃあ案内しよう」
 久しぶりの客と分かり、ディーノは急いで家から空き部屋の鍵を取ってくると、先に立って歩き出した。
「あんた、今日この町に来たのか?」
「はい。稼ぐならこの町の方が遥かにいいと言われたので、隣り町から来ました」
 そう言う女の着ている衣服は派手さこそないが、そこそこ値の張る物であることはディーノにも分かった。そのことから、意外と高級嗜好のある女なのかもしれないと内心思った。
 何にしても、ディーノにとっては久しぶりに契約してくれそうな客だ。ここは丁寧に対応しなければならない。
「確かに、稼ぐには向いている町だ。もっとも、それは才能次第だが。俺みたいな貧乏人もいるわけだしな」
 自虐的な冗談が受けたらしく、女は初めて笑った。美人の笑顔となればその破壊力も凄まじく、ディーノは嫌でもどきりとする。
「どうかなさいました?」
「いや……」
 顔が赤くなっているのを自覚し、慌てて彼女から目を逸らした。
 女と付き合った経験がない上に、これ程の美人に会ったことはなかった。要するに、免疫がなかったのである。それを悟られたくなくて、つい足早になってしまった。
 自宅から少し離れた位置にある貸家は幾つか種類があった。格安で住める代わりに狭い家もあれば、風呂付きの家もある。もちろん、設備が整っている家ほど家賃もいただく仕組みだ。
 それを説明した上で、ディーノは高い部類の家に案内した。少しでも月の収入を多くしたいという思いもあったし、なによりこの女は良い場所を好みそうだという勘が働いたのだ。
「ここが貸家の一つだ。家具や風呂はあるから、その気になればすぐに住むことができる」
 室内は定期的に掃除を行っているので至って綺麗だ。女の反応も悪くないようで、興味深そうにあちこちを見て回った。
「綺麗な家ですね。気に入りました。ここを借ります」
 まさかの即決だった。ここが気に入ってもらえなかったら、少し家賃の低い家を紹介しようと考えていたディーノにとっては嬉しい限りだった。それでも、建て前上はきちんとこう言った。
「まだ他の家は見せていないが、いいのか? 確かにここはお勧めではあるが」
「ええ。時間が時間ですから、私も早く決めてしまいたいのです。ここをお借し下さい」
「分かった。では、これが家の鍵だ」
 鍵束からこの家の鍵を外すと、それを彼女に手渡す。
「後は契約書に名前を書いてもらえれば、手続きはそれで終わりだ。だが、それは明日に回そう。あんた、名前は?」
「エステルです」
「エステルさんだな。では、明日また契約書を持ってくる。都合のいい時間を教えてくれるか。その時間に来
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