翌朝。
目が覚めたリックは朝食の準備をしていた。リーンベルはまだ寝ているようで、その胸が規則正しく上下している。
昨夜最後に見た時は横を向いていたはずだが、今はなぜか仰向けで顔を帽子で隠した状態だ。
それが少し不思議だったが、特に気にかけるようなことでもないので、リックは火を熾してそこに薪を放り込んだ。
ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら食パンを半分に切り、バターとクリームを塗っていく。そこに、一口大に切ったバナナと半分に切った苺を挟めば簡易フルーツサンドの出来上がりだ。それを四つほど作ったところでリーンベルが体を起こした。
寝起き特有のとろんとした目が遠慮なく見つめてきて、リックは不覚にもどきりとする。寝惚け眼のリーンベルはあまりにも無防備で、庇護欲を掻き立てるような様子だったのだ。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
挨拶をすると、リーンベルはしげしげとリックを見つめ、柔らかく笑った。
「おはよ。昨夜は……まあまあかな……」
そう言って小さく欠伸をする。どうやら機嫌は悪くなさそうだ。
「そうですか。じゃあ、これをどうぞ。リンベルさんの分です」
リックがフルーツサンドを差し出すと、リーンベルの目がそれを凝視する。
「……これ、リックが作ったの?」
「ええ」
「リック、料理もできるんだ……」
「独り暮らしですから、まあこれくらいは。あ、そういえば勝手に朝食用意しちゃいましたけど、よかったですか? リンベルさんもなにか用意はしてましたよね?」
「え? ああ、はは……。まあ、わたしが用意してたのは気にしなくていいよ……」
さり気なく自分の荷物を背後に隠すリーンベル。その中にある買ったロールパンをそのまま食べるつもりだったとは言えない雰囲気だからだ。
「そ、それより、さっそく食べてもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
リーンベルが素直に食べてくれるのを見て、とりあえず朝食作戦は成功だとリックは内心ほっとする。
「裁縫だけじゃなくて、料理もできるんだ……。しかも、おいしいし……」
「どうかしました?」
リーンベルが何か言った気がしたので尋ねてみたが、彼女は小さく首を振るだけだった。
「おいしいよ。うん、すごくおいしい……。うう、わたしの女としての尊厳が……」
食べながら微妙な表情になるリーンベルには気づかず、リックも自分の分を食べ始めた。
リーンベルの機嫌を取り戻したことで、リックは早くも本来の目的のことで頭がいっぱいになっていた。
リーンベルと一緒に行くのはいい。問題は、どうやってクレアと二人きりになるかだ。
そればかりに気を取られ、ほとんど味わうこともせずにリックは朝食を終えたのだった。
「ここがそうなの?」
「ええ」
間もなく昼になるという頃に二人はクレアの屋敷に到着した。
少し古風な雰囲気を漂わす三階建ての屋敷で、リックも来るのは初めてだ。
「そっか。じゃあ、さっそくクレアさんとやらにご対面といこう」
屋敷を眺めていたリーンベルは躊躇う素振りを少しも見せずに門をくぐり、見事な庭園を見向きもせずに抜けて立派な扉に手をかける。
慌てたのはリックだ。いきなり訪ねてきた挙句、ノックも無しではどう考えたって歓迎されるわけがない。
「ちょっとリンベルさんっ!」
彼女の行動を注意しようと手を伸ばすリックだったが、普段は花に囲まれてのほほんとしているだけの彼と旅慣れた快活な魔物娘では、運動神経に差がありすぎた。
リックが声を出した時には、既にリーンベルが盛大に扉を開け放っていた。
「たのもー」
謎の挨拶? をするリーンベルだが、リックは気が気ではない。こんな無礼な来客では使用人に追い返されかねない。
しかし、扉を開けた先に使用人や従者といった人物の姿はなかった。
「あれれ? お昼寝中?」
さすがに誰もいないのを不審に思ったのか、首を傾げるリーンベル。だが、その理由はまずないだろう。
「いや、さすがにそれはないかと……」
「でもさ、これだけ大きいお屋敷に誰もいないって変じゃない?」
「それはまあ……」
「よし。じゃあ、探してみよう」
考えるより先に行動するタイプらしく、リーンベルはすたすたと屋敷内に入っていく。
一方、リックはどうしたものかと玄関前で凍りついた。
想い人の家に勝手に上がり込むなど言語道断だ。しかし、リーンベルが妙なことをしないとも限らない。
「一体、僕はどうすれば……」
思いきりのいい男ならやけくそでリーンベルの後を追うのだろうが、良く言えば穏やかな、悪く言えば優柔不断なリックにそれができるはずもない。
こういう時に強いのはやはり女性である。
「ほら、リックも。そんなとこに立ってても、なにも分からないよ。行こ」
リックがついて来ていないことに気づいたリーンベルが戻
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