「これが最後の食事か…」
目の前にあるのは、食事と呼ぶにはあまりに粗末な干し肉。
残った金で買った最後の食べ物。
青年はそれを味わいながら食べる。
全く、どうしてこんなことになったのだろう。
今年で20になる青年ハンスはそこそこ裕福な商人の家に生まれた。
親が商人だったから、自分も将来はそうなろうと思い、勉強もした。
しかし親は揃って「お前には無理だ」の一点張り。
そんな親に逆らって商人になったハンスだったが、結果は親の言う通りだった。
得られる利益は微々たるもので、全て食費と仕入れに消えていく。
親が町商人だったから寝場所には困らなかったものの、いつまで経っても軌道に乗らない商売に嫌気がさし、昼から酒場で酒を飲む日々。
そんな日々を送っていたら、ついに親から家を追い出された。
それに伴い、親とは絶縁。ハンスは独り身となった。
だが、親にも情けはあったらしく、「町はずれに仮設の家を用意したので、今後はそこに住め」と家を追い出される時に言われた。
その時にいくばくかの金を渡されたので今日までは食べるものに困らなかったものの、明日からはなにもない。
仕事もない以上、明日から自分ができることといえば物乞いになるくらいだろう。
だが、そんな惨めな思いをしてまで生きながらえるくらいなら死んだほうがいい。
最後の干し肉を食べ終えたハンスはそう思っていた。
明日、首を吊ろう。
そう決意し、簡素なベッドに体を横たえた。
そして数時間後。
妙な感じがしてハンスは目を覚ました。
辺りは暗いのでまだ夜だろう。
「なんだ?」
ベッドから体を起こし、部屋を見回したところでそれに気づいた。
窓際に女が立っていたのだ。
「こんばんは」
不意にその女が声をかけてきたが、ハンスは答えられない。
この暗い部屋の中でさえはっきりと見える白い肌と白銀の髪。そして赤い瞳。
それら全てが妖艶で、ハンスの体は勝手に反応しだす。
「それにしても暗いわね…」
女は右手に光の玉を作り出すと、天井に放った。
玉は部屋全体をまるで昼間のように照らす。
そのおかげで女の姿も明らかになった。
女には翼と尻尾があった。
ハンスはその姿を見て、女がサキュバスなのだと理解した。
彼女に完全に見惚れていたハンスだが、女の言葉で我に返る。
「思ったより若いわね。これは期待できそう」
サキュバスの女はこちらを見て楽しそうに笑う。
その言葉が耳に届き、ハンスは頭を動かす。
この女は自分を食べる気のようだ。
教団は、魔物は人を喰らうと常日頃から言っているようだが、教団の威光が届いていないこの地ではそんなことはないと誰もが知っている。当然ハンスもそれはデタラメで、魔物が人を襲う本当の理由もちゃんと知っていた。
だから、目の前のサキュバスがここに来た理由も、これから何をするつもりかも理解している。
理解しているからこそ、頭を動かすだけの冷静さがハンスにはあった。
明日には自殺しようとしていたところにサキュバスがくるなど、まるで神が最高のタイミングで与えてくれた幸運としかいいようがない。
この女は自分から精を得るために快楽を与えてくれるだろう。
聞いた話では魔物は人を殺さないというが、見たところ話は通じそうだし、頼めば搾死させてくれるかもしれない。
快楽の中で死ねるのなら、これほどいい最後もないだろう。
そう考え、無意識のうちに笑ってしまうハンス。
だが。
「…と思ったけど、残念なくらいに魂が輝いてないわね。顔は悪くないし、体つきも問題ないのだけど…。食欲が萎える男を見たのは初めてだわ。他の人にしようかしら」
なぜか微妙そうな顔になるサキュバス。
これはまずい。
そう思ったハンスは慌てて声を出した。
「ま、待て!俺、童貞だぞ!それでもダメか!?」
我ながら情けない発言だったと思う。
それでもこの好機を逃すまいと、ハンスは自分が童貞であることを白状した。
その甲斐があったのか、サキュバスの女はぴくりと反応する。
「あなた、童貞なの?」
「あ、ああ、そうだ」
サキュバスは少しこちらを見た後、ため息をついた。
「まあ、童貞なら仕方ないか。今から他の人を探すのも面倒だし。いいわ、あなたを食べてあげる」
なんだか妥協されたようだが、それでもハンスは安堵のため息を吐いた。
「そ、そうか。じゃあ、食べてくれ。ただし、条件がある」
「条件?…なに?」
サキュバスは怪訝そうに訊き返してきた。
「俺を搾死させてくれ。お前なら簡単だろう?」
ところが、ハンスがそう言うとサキュバスは複雑そうな顔になる。
「はあ、ギルバート君といい、あなたといい、どうして最近会う男は変なことばかり言うのかしら」
サキュバスは右手を頬に当てて困った、とでも言うように首をかしげる。
そんな様子が妙に色っぽく、ハンスの体が熱くなっていく。
「私は
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