戻ってきた我が家は少し暗かった。
不思議に思って見回すと、寝室だった。
居間へと転移したつもりだったが、僅かに座標がずれたらしい。
まあ、私の家ならどこだっていい。
重要なのは、隣りに彼がいることだ。
そのグレンは懐かしそうに部屋を見回している。
そして、すぐにそれは言葉となった。
「不思議なものだ。なぜか懐かしく思える」
「そうね……。私もあなたがいることが―」
懐かしい、と言いかけたところで目眩に襲われた。
体から力が抜けて立っていられず、くらりと視界がぶれた。
ああ、倒れる。
そう思ったものの、私の体が床に崩れ落ちることはなかった。
グレンが抱き支えてくれたのだ。
「ミリア、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫……。ありがとう。ちょっと目眩がしただけだから……」
さっきの転移魔法で魔力がとうとう底をついたせいだろう。
体はそんな状態だというのに、グレンの腕に納まっている今の状況が嬉しい。
「少し休んだほうがいい。ほら、座ってくれ」
しかし、あっさりとベッドに下ろされてしまった。
名残惜しく彼の腕を見ていると、グレンは手にしていた剣を置き「待っていてくれ」と言って寝室から出ていってしまう。
声をかける間も与えてもらえず呆然としていると、彼はタオルを手に戻ってきた。
「ミリア、左腕を見せてもらってもいいか?」
「腕を?」
「ああ。血で汚れているはずだ。拭くから見せてくれ」
言われた通りに腕を見せるべく、魔力の装束の左肩から先を消す。
それによって露わになった左腕には、血が模様のようにこびり付いていた。
「少しじっとしていてくれ」
グレンの手が私の手首を掴んで腕を真っ直ぐに伸ばすと、濡れたタオルで丁寧に拭き始めた。
グレンとしては他意なく拭いてくれているのだろうが、私はタオルが往復する度にくすぐったくも心地良い快感が走り、変な気分になってくる。
目を瞑って体を拭いてもらう感覚を楽しんでいるうちに作業は終わったらしい。
グレンの手が止まり、意識が覚める。
「一通り拭いたが、べたつくところはあるか?」
「大丈夫よ。ありがとう」
「そうか。では、少し休んでいてくれ。目眩は貧血によるものだろう。すぐに肉料理を作ってくる」
タオルを手に、グレンは部屋から出ていこうとする。
「待ってグレン」
「なんだ」
グレンが振り向いた。
そこで私は立ち上がり、彼の前へと移動する。
「言っておきたいことがあるの」
グレンの顔が強張った。
私が想いを伝えたら、彼はどんな顔をしてくれるのだろう。
驚き、喜び、戸惑い。
もしくはそのどれでもない顔を見せてくれるかもしれない。
それを想像し、口を開いた。
「言ったわね。私は、あなたが必要だと。もう気づいているでしょ?私があなたを」
好き。
その一言を伝えるより先に、グレンの手が素早く私の口を塞いでいた。
なぜ?
なぜこんなことをするの?
私は想いを伝えたいだけなのに。
目でそう訴えると、グレンは首を振った。
「そこから先は、俺に言わせてくれ」
覆っていた手を外すと、グレンは表情を改めた。
磨き抜かれた宝石のような目が真っ直ぐに私を見つめ、そして。
「ミリア。君が好きだ。愛している。初めて会ったあの時から、ずっと」
その瞬間、全てがどうでもよくなった。
私が欲しかった言葉は、それくらいの威力を持っていた。
喜びで体が震え、息が詰まって言葉が出ない。
だから、グレンはそのまま続けた。
「君の一番ではなくていい。召使いでも奴隷でも構わない。だから、君の傍に置いてほしい」
私の一番でなくてもいい。
そんな言葉を言ってしまえるくらいに、想ってくれている。
もちろん想っているのは私だって同じだ。
グレンの傍にいたい。
違うのは、グレンの一番でありたいという気持ち。
それを伝えるべく、彼に近づく。
二人の距離がほんのわずかになると、両手を彼の頭に伸ばして引き寄せ、そのまま唇を重ねた。
「んっ……」
いきなりそんなことをされるとは思っていなかったのか、グレンが驚きに目を見開く。
あまりにもあっさりと触れ合った柔らかな唇の奥から感じる味は、例えようがないくらいに美味だった。
私が今まで食べてきたどの料理も、この味には敵わない。
これがグレンの精の味。
それを理解すると、もっと味わいたいという欲求がむくむくと湧いてきた。
しかし、今はもっと優先することがある。
名残惜しくも顔を離すと、放心したようなグレンの顔があった。
「返事はこれでいい?私がどう思っているか、わかってくれた?」
「……恐らく」
恐らくでは困る。
「じゃあ、もっとはっきりわからせてあげる」
言ったと同時に再びキスをした。
さっきとは違い、何度も。
あの日は本能と意思が対立して触れることさえできなかったのに、今は驚くほど簡単に唇を重ねることができる。
好きだと言ってもらえた
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