リリムと終わらない物語 〜日々の残照〜

静まりかえった部屋に、青年の荒い息だけが音として響いた。
まだ若い彼は衣服を一切纏わない姿でベッドに横たわっている。
その傍らに私は立っていた。
むき出しになった彼のペニスは見事に反り返り、表面に血管が浮き出ている。
後は、私が好きに精を搾り出すだけ。
しかし、ここまできて私の身体は拒絶の意思を示した。
私自身もペニスを前にしているというのに、目の前の彼から精を欲しいとはまったく感じない。
「ごめんなさい。やっぱりいいわ」
「え……」
途端にベッドの上の青年は飼い主に裏切られた子犬のような表情になった。
これから存分に快楽を味あわせてもらえると思っていたのだから、それも当然だ。
しかし、そういう気分になれなかった。
青年の頭に手を置き、催眠の魔法をかける。
すぐに襲ってきた睡魔に秒殺され、青年は眠りについた。
そのまま記憶を少し弄り、私に関するものだけを消すと脱いだ衣服を着せてあげる。
これで次に目覚めた時は、横になっているうちにうっかり眠ってしまったと思うはずだ。
後始末を終えると転移魔法で自宅へと戻り、ベッドに倒れ込んだ。
ここ最近、ずっとこんなことの繰り返しだ。
いくら私が膨大な魔力量を誇ろうと、それが有限であることに変わりはない。
だから、今日のように精を得ずに魔法だけ使えば減る一方なのは当然のこと。
魔力はまだまだあるとはいえ、回復させておくにこしたことはない。
頭ではそうわかっているし、現に精をもらいに出かけてはいるのだが、後は搾るだけという段階になると、どうしても気が萎えてしまう。
おかげで、魔力を無駄に消費するだけの日々が続いている。
身体は精を欲している。
しかし、いざその時になると拒絶反応を起こすのだ。
求めているものを拒絶する時点で矛盾しているようだが、少しも矛盾していない。
精を求めているのは間違いない。
ただ、精を欲しい相手がただ一人なだけで―。
「あなたのせいよ……」
ベッドにうつ伏せに倒れ込んだまま、彼が寝ていた場所に手を伸ばす。
かつては在った境界線は今はもうない。
しかし、同時に彼もまた消えてしまった。
いや、私が消した。
彼がいた場所に手を置いても、そこに彼の温もりはない。
温もりだけではない。
匂いも気配も、全てが消えてしまった。
二人で寝るのが当たり前になっていたからか、ベッドが広く感じる。
「嫌になるわね……」
枕に顔を埋め、目を閉じると眠気が襲ってきた。
疲労を感じないでもない。
ただ、それは心からくるものだ。
ため息をつくと、毛布にくるまってそのまま眠ることにする。
夕食を食べていないせいで微妙に空腹だが、料理をする気にならない。
もう一度ため息をつくと、意識が薄れていく。
一人のベッドは、心なしか寒い気がした。


気がつけば朝だった。
まどろむ意識のなかで、今日の予定はどうしようかと思いながら身体を起こす。
そして何気なく隣りを見て、朝一番のため息がもれた。
当然、そこには誰もいない。
無防備な寝顔で私を楽しませてくれた彼はもういないのだ。
わかっているはずなのに、身体が勝手に動いてしまう。
もう、すっかり癖になっている。
そこを見たのはなかったことにして、寝巻から着替えて台所に向かう。
昨夜はなにも食べなかったことだし、朝食はしっかり食べなければ。
だが、いざ準備をしようとしたところで手が止まる。
どれだけ張りきって作ろうと、食べてくれるグレンはいない。
そう思っただけでやる気が失せた。
「はあ……」
グレンがいないせいで、口から出るのはため息ばかりだ。
準備しかけた食材を片付け、ふらりと居間にいく。
その過程で、無意識のうちに目が彼を探している。
いないとわかっているはずなのに探してしまう。
最近まで当たり前のように傍にいてくれたから、そのうちにすっと姿を見せてくれるような気がするのだ。
しかし、いくら待っても私が期待していることは訪れない。
聞こえるのは、屋根をうつ雨の音だけ。
「雨……」
今になって気づいた。
本来なら目覚めて一番に気づくはずだが、今頃になってようやくだ。
よほどぼんやりしていると痛感する。
ふらりと玄関に向かい、扉を開くと見事な雨だった。
「……」
雨の景色を一瞥すると、そのまま外に出る。
途端に冷たい雨が頭から足までまんべんなく降り注ぎ、私を濡らしていく。
それでも構わずに前へと進む。
あっと言う間にずぶ濡れになった服が肌に張り付いてくるが、そんなことは気にせずに家から離れると、そこで立ち止まって空を見上げた。
絶え間なく降る雨はやみそうになく、あらゆるものを洗い流しているように見える。
それを眺め、ふと思う。
グレンを想うこの気持ちも、流してくれればいいのにと。
「馬鹿な考えね……」
そんなことで誰かを想う気持ちが捨てられるなら、苦労はしない。

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