リリムと終わらない物語 〜雪の降る日に〜

視界は灰色の景色だった。
この辺りの季節は冬らしく、雲に覆われた空は白い雪を静かに降らせている。
眼下には、その雪によって早くも緑と白の二色になった森が広がっている。
身を切る風は冷たく、吐く息は白い。
現在、私は散歩中だ。
散歩といっても、いつもしている世界行脚ではなく、当てもなくふらつく方。
人が散歩と呼ぶ本来のものだ。
人と違うのは、大地ではなく、空を散歩しているということだろうか。
行く手を遮るものがないというのはなかなかに気分がいい。
おかげで、同行者も実に軽快に空を飛んでいる。
言っておくと、今回の同行者はルカではない。
なんという種類かはわからないが、鳥の群れである。
その群れから少し離れた位置をキープしつつ、行き先を鳥達に委ねて飛んでいるのが今の私の状況だ。
越冬のためか、渡り鳥達は雪が降る天気にもめげず、翼を羽ばたかせて目的地へと飛んでいく。
そんな彼らの一丸となって飛ぶ様を少し離れた位置から眺めていた時だった。
突如、森から一羽の鳥が飛び立ってきて、それに驚いた群れがばらける。
しかし、森から飛んできた鳥は別に群れを狙ったわけではないようで、全く関係のない方角に飛び去って行った。
渡り鳥達もそれを理解したのか、再び群れを形成して飛行を再開した。
それを静止して見送ると、私は鳥が飛び出してきた森へと目を向ける。
渡り鳥でもなければ、雪が降る日は鳥も活動せずにじっとしているはず。
つまり、森の中でじっとしていられないような事態が起きたということだ。
狩人が鹿でも狩りにきているのだろうか。
そんな想像をしつつ、木の高さにまで降下して耳をすませる。
すると案の定、複数の声が聞こえた。
「いたか!?」
「近くにいるはずだ!探せ!」
等々。
言葉だけならいかにも狩人らしいセリフだが、私はそこに少し違和感を覚えた。
語気の荒い彼らの言葉は怒気を孕んでいたからだ。
渡り鳥がそうであるように、人もまた越冬の準備が必要な地域はある。
そのための糧食がかかっているのなら躍起になるのも当然かもしれないが、それでも違和感は残った。
「ちょっと試してみようかしら」
彼らの追っているものが鹿や猪ならいい。
だが、そうでないなら。
そんな考えがよぎり、探知魔法を使う。
それによって察知した人数は二十人以上。
思っていたよりも遥かに多い。
その誰もがせわしなく動き回っている。
そんななか、一つだけ全く動かない気配があった。
待ち伏せでもしているのかと思ったが、その気配は他の人に比べてあまりに弱々しい。
そして、その気配に近づいている二つの気配。
完全に見つけているわけではないから動きは迷走しているが、それでも発見は時間の問題だろう。
それが気になり、私はそちらへ向かった。
木を避けていかなければならない彼らと比べて、空を行ける私は段違いに早い。
詳しい場所が分かっているから尚更だ。
森の上を行き、あっと言う間に距離を縮めると静かに森の中へと降りた。
この先に、なにかがいる。
木々の間を抜け、自然と逸る足。
雪の降り積もる大地に足跡をつけながら、少し大きな木を避けたところでついに気配の元を見つけた。
それは黒いローブを纏った漆黒の髪の青年。
私の目が釘付けになる。
木の根元に座り込み、背を預けて目を閉じている様子は、一見すればうたた寝をしているようにも見える。
しかし、その姿は一休みしているなどというのん気なものではなく、戦地から命からがら逃げ出してきた難民といった雰囲気だ。
それが間違いではないと証明するように、彼の纏っているローブはぼろぼろで、ところどころから覗く下の服には血が染みているのが見える。
だが、私が目を奪われたのは、彼のそんな痛々しい様に対してではない。
彼の体の奥、そこで光を放つ魂。
ゾクリと背中に鳥肌が走る。
それは、私が今まで見てきたどの魂よりも光り輝いていた。
穢れを知らないかのような澄んだ蒼に、私の目は嫌でも惹きつけられる。
「綺麗……」
場違いな言葉が無意識のうちに口から漏れる。
それが耳に届いたのか、青年はゆっくりと目を開けた。
その青い目が私を捉え、少しだけ見開かれる。
「君は……」
そのままなにかを言いかけたのだが、口が動くばかりで声は聞こえない。
代わりに、別の声が響いた。
「いたぞ!こっちだ!」
大きな怒鳴り声で、私の意識が現実に戻る。
ハッとしたようにそちらに目を向ければ、一目で教団だとわかる軽装の男がいた。
止まっていた思考が活動を再開し、状況を瞬時に把握する。
追っていたのは狩人ではなく教団で、目の前にいる青年が追われていた者。
頭がそう答えを弾き出した瞬間、私は素早く青年に駆け寄ると、彼を抱き寄せて転移魔法を使い、その場を後にしたのだった。


「ふう……」
家へと無事に転移し、軽いため息をもらす
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