「じゃあ、行ってくるわ」
翌日、そう言って私は部屋を出た。
集合場所の本屋までは少し距離があるので、時間に余裕をもっての出発だ。
ルカは今日も部屋で暗号解読に集中するらしく、私が声をかけても「ん」の一言だけで、見向きもしない。
昨日と違って今日は気持ちのいい晴天だというのに、ルカは相変わらず部屋にこもるつもりのようだ。
とはいえ、あれこれと口出しする気はないのでそのまま私は宿を出ることにする。
雨が降っていないからか、今日は通りに人の数が多いようで、朝から賑やかだ。
私のすぐ近くでも、腕白そうな男の子が水溜まりに飛び込んで母親らしき人を苦笑させている。
それを眺めて微笑みながら、軽やかに歩き出す。
街の喧騒が陽が昇るのに合わせて大きくなってきているなか、待ち合わせ場所の本屋に到着したがカロンの姿はなかった。
しかし、店自体は開いているようなので、カロンが来るまで適当に店をぶらついていればいいだろう。
そう思って店に入れば、本屋の定番である立ち読み客があちこちに見受けられた。
店番だろうサキュバスもカウンターに座って本を読んでいるあたり、立ち読みには寛容らしい。
私も適当に移動して棚から一冊の本を選び出すと、気ままに読み始める。
手にしたのは姫とその従者の禁断の恋を扱ったもののようで、冒頭から情事が書かれていた。
魔物が経営する本屋なだけあって、置かれているものも魔物向けが多いらしい。
ルカにお土産に買っていこうかしらなんて思いながら十数ページ読んだ頃だ。
ふと隣りに誰かが立った気配を感じた。
「その本に暗号の答えは書かれておるのか?」
本から目を離して横に向けると、適当な本を手に取って開いているカロンがいた。
それを確認すると、私は文章に目を戻した。
「『お許し下さいお嬢様。私はもう耐えられそうにない。あなたが欲しくてたまらないのです』『駄目よオスカー。こんなところでしたら、使用人達に声が聞こえてしまいます……』口では嫌がりつつも、シャーリーのふわりとしたスカートをたくし上げれば、その下着は既に愛液でぐしょぐしょとなっていた。それを確認すると、オスカーは彼女の下着を僅かにずらして秘唇を露わにする。そしていきり立った自分の剛直を」
「ええい、やめるんじゃ!リリムが娯楽小説を音読などするでない!濡れてきてしまうじゃろう!」
読んでいる最中に足を蹴られて仕方なく中断すると、カロンはむくれ面でこちらを見上げていた。
「この話はなかなか悪くないわね。あなたもそう思わない?」
「お主は本当にやり辛いリリムじゃなっ。まったく、厄介な者を相手にしたものじゃ」
初めて会った人に対して優位に立つためには、落ち着いて自分のペースにゆっくりと巻き込んでいくこと。
姉の教えはなんだかんだで役に立つらしい。
「それで、どこで話すのかしら?」
ぶつぶつと愚痴るカロンは私が声をかけると、丸く青い目を向けてくる。
「近くのオープン喫茶じゃ。アレの話は落ち着いた場所でしたいからのう」
「そう。じゃあ、行きましょ」
「うむ」
本を棚に戻し、歩き出そうとした時だ。
「……ところで、さっき読んでいた本はなんというタイトルじゃ?」
カロンにそう問われた。
興味が湧いたのだろうか。
「『姫と従者のいけない蜜月』ね」
「ふむ。後で買うとするかのう」
そんな会話をしながら本屋を出て向かった先は、本当にすぐ近くのオープン喫茶だ。
天気のおかげか、鮮やかな空色のパラソルが設置されたテーブルは半分程が埋まっていて、客の入りはなかなかのようだ。
カロンはパラソルが開いているテーブルの一つに歩いていくと、ちょこんと席に着く。
その向かいに座ろうとして、私は足を止めた。
カロンの隣りに先客がいたのだ。
しかし、カロンは特に気にした様子もなく私に座るようにと目で勧めてくる。
カロンの前ではなく、先客の前の席にだ。
なにか考えがあるのかもしれないが、ここで拒否してもめるのもよくない。
結果、私は大人しく指定された席に着いた。
そしてすぐに少し驚くことになった。
「お主はワシが誰のために動いているかと問うたな。これが答えじゃ」
カロンの声が少し嬉しそうなのは、私に一矢報いることができたからかもしれない。
そこにいたのは、一人の少女。
ショートの黒い髪と、対照的な白い肌。
少し長めの前髪から覗く目は、私とはまた違った色の赤だ。
黒いワンピースに身を包んだその少女は、私と目が合うとびくりと身体をすくませた。
彼女のそんな様子も含め、色々と想定外でつい笑ってしまう。
「まさか、ドッペルゲンガーとはね。さすがに意外だわ」
「ワシの親友のターニアじゃ」
カロンが紹介し、ターニアはおずおずと頭を下げる。
「ミリアよ。よろしく、ターニア」
にこりと微笑んでみせると、ターニアは小さくうなずく。
「ふむ、そうい
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