分身の術?

その日、俺は暇に任せて部屋で携帯をいじっていた。
時刻はまもなく20時になるところで、ぼちぼち風呂でも入るかとベッドで寝返りをうつ。
安さが売りのマンションだけに、その部屋は大して広くもなく、あっという間に風呂へと移動できるのが利点だ。
逆を言えば、狭いの一言に尽きるのだが。
そんなわけで、風呂に向かおうと体を起こした時だった。
ベッドとは反対側にある窓が静かに開き、どう見てもコスプレにしか見えない格好の女性がするりと部屋に入ってきた。
鍵をかけていなかった俺にも問題はあるが、色々な意味で声が出ない。
部屋主の前で堂々と窓から侵入してきている時点で問題だし、この女性の格好はそれ以上に問題だ。
パッと見は忍者みたいな服?だが、たわわに実った胸の谷間やすらりと伸びた足の太ももなんかは丸見え。まるで安物AVに出てくるお色気くのいちを地でいくような格好は、はっきり言って痴女である。
そんな不審者は俺を見ても微動だにせず、じっと俺を見つめるだけ。
よって、先に痺れをきらしたのは俺だった。
「……おい。人の部屋に、なに勝手に入ってきてるんだ」
「ふむ、悪くない」
人の問いはガン無視で、痴女は独り言をほざく。
そして、顔の下半分を覆っている布を外した。
露わになった素顔はどこかあどけなさを残しつつも、見事なまでに整っていた。芸能人など比にならないと断言できるくらいだ。
そのせいで、しばしぽかんと見つめていた俺だが、不意に現実に戻った。
「おい、人の質問に答えろよ。誰だよお前は?」
「見てわからないか?」
少し小馬鹿にしたような返事が返ってきた。
不法侵入者のくせに生意気な返答である。
「不審者の痴女」
腹立たしい気持ちを抑えて、努めて平然とそう言ってやると、女性は器用に片眉を吊り上げた。
「……もう一度言ってみろ」
「不審者の痴女」
望み通りにもう一度言ってやると、キッと睨まれた。
「誰が痴女だ!綺麗に言い直すんじゃない!」
「痴女じゃなきゃ不審者だ!待ってろ、今迎えの車を呼んでやる!」
「待て、迎えの車だと?」
怪訝そうに尋ねてくるので、俺はわかりやすく言ってやった。
「そうだ。警察と呼ばれるとても頼りになる方々だ。呼んでやるからちょっと待ってろ。110番と……」
「ちょっと待て!どうしてそうなる!?正気か!?」
警察と聞いて取り乱したらしく、携帯を奪い取ろうとしてきた。
「窓から人の部屋に平然と入ってくるお前の方がよっぽど正気じゃねぇよ!」
「扉には鍵がかかってたんだから仕方ないだろう!」
鍵がかかってなかったら扉から入ってくるつもりだったらしい。
開き直りにも近い発言とともに手を放したので、俺も警察へ通報するのは待ってやる。
だが、番号は押してあるので、あとは発信するだけだ。
「はあ。いいか?もう一度訊くぞ。お前は誰だ?」
「クノイチの紅だ」
俺の中で、目の前の女が変態女から変態電波女にランクアップした。
「ああ、くのいちか」
「そうだ。やっとわかってくれたか?」
女性がどこかほっとしたようにため息をつくなか、俺は携帯で別の番号を押す。
「待ってろ。今、別の車を呼んでやる。さっきと違って栄養バランスの考えられた食事に、介護してくれる人までついてるぞ。一度その頭をきちんと見てもらってくるんだな。119番と」
ぽちぽちと番号を押したところで、再び紅に腕を掴まれた。
「わかってないじゃないか!とにかく、その変な物体を渡せ!」
「触んな!お前が一番変なんだよ!なにがくのいちだ!不思議ぶってんじゃねぇ!」
「くっ!かくなる上は!」
俺が携帯を渡さないからか、紅は懐に手を入れると何かを取り出して払った。
取り出したものはクナイだったようで、俺の手にあった携帯が見事に真っ二つになる。
「おま、なにしてくれてんだ!買い換えたばかりのスマホが!」
これで器物損害罪が確定だ。
「人の話を聞いてくれないからだ!安心しろ、危害を加えるつもりはない」
危害もなにも、俺の携帯は既に再起不能である。
「安心しろじゃねぇ!大体、お前は俺になんの用―」
言いかけた言葉はそこで中断された。
それというのも、こいつの腰のあたりにある腰紐だと思っていたものが動いていたからだ。
俺の視線に気づいたのか、紅はそちらに視線を向け、そしてすぐに戻した。
「尻尾が気になるか?まあ、それも含めて説明しよう」
尻尾?
尻尾がある人なんているのか?
いや、それはもう人じゃないだろう。
つまり、目の前のこいつは人ではないわけで……。
「一体、なんなんだよ、お前」
「クノイチだと言っただろう。まあ、君が知っているのと違って、私はサキュバスのクノイチだ」
サキュバスなんだか、くのいちなんだか、はっきりしない発言だ。
「色々とつっこみたいが、とりあえず我慢してやる。で、俺になんの用だ」
「なに、話
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