少し前まで晴れていたはずの空は、いつの間にか曇天になっていた。
これから出かける身としては喜ばしくない状況だ。
「どうしたの?」
思っていたことが顔に出ていたのか、パン屋から出てきたミリアが怪訝そうに尋ねてきた。
「いや、天気がよくないなと思ってな」
「私としては、天気よりも空気の方がよくないと思うわ」
「空気?」
ミリアの言葉の意味が分からない。
生まれた時からこの街に住んでいるロイドだが、空気がよくないと思ったことはないし、誰かがそう言っているのを聞いたこともない。
「そう、空気。星によって引き寄せられた人達が、本来の街の空気を嫌なものに塗り潰してしまっている。この街に住むあなたなら、それをより感じるんじゃないかしら?」
ああ、そういうことかと納得する。
「確かにな。ここ数週間で、この街はすっかり変わったと言っていい。それも」
「欲望と悪意、権謀術数が渦巻く魔都。この天気でさえ街並みは綺麗に見えるのに、空気のせいで台無し。姉さんが嫌がるわけだわ」
フードの下で、ミリアはため息をついた。
言おうとしたことを言われ、ロイドもため息をつく。
ミリアの言ったように、この街は噂のせいで魔都と呼ばれるに相応しい空気になってしまった。
それでも、そんな疫病神みたいな噂に頼らざるを得ないのだから、ロイドの状況も大概だが。
「まあ、愚痴ったって仕方ない。それより先を急ごう」
「ええ、そうね」
大事なのは街の空気ではなく、リィナ。
それに、もしロイドが星を手に入れれば、この騒ぎだって収束するはずだ。
そう前向きに考え、今は先を急ぐべき。
ミリアもなにか考えているのか、それ以上は特にしゃべらず、二人は無言で街を後にする。
会話が再開されたのは、街から大分離れてからだった。
「ここから遺跡までは、どれくらいの距離なの?」
退屈な行程に飽きたのか、ミリアが唐突に話を振ってきた。
「そこまで遠くはない。天気次第だが、この調子でいけば二日後には着くはずだ」
幸い、まだ雨は降っていないが、いつ降りだしてもおかしくない空模様だ。
できることなら、雨の中の行軍は勘弁願いたい。
「そう。じゃ、早めによさそうな休憩場所を見つけましょ。慣れない旅は色々と疲れるものだから」
そう言うミリアの声に、疲れている感じはしない。
魔物だからか、体力はかなりあるようだ。
「その意見には賛成だ。しかし、お前は野宿なんかでいいのか?」
「どういう意味かしら?」
「いや、リリムって魔物の王女だろ?ふかふかのベッド以外で寝られるのかと思ってな」
一般市民の思考で考える王族や貴族はそんなもの。
魔物の王女も大差なさそうなので、ロイドはそう言ってみた。
「あら、それって偏見よ。確かに貴族や王族はそういうものだけど、私は特に気にしないわね」
「ああ、あれか。その気になれば、いつでも転移魔法で戻れるからか」
かなり高度な魔法らしいが、リリムなら使えておかしくない。
つまり、帰ろうと思えば一瞬で帰れるわけだ。
「転移魔法だって魔力を使うのよ?ベッドで寝たい、なんて理由で使う気にはなれないわ。もっとも、使った分の魔力を補充できるなら、話は別だけど」
話の雲行きが怪しくなってきた。
嫌な予感がしてミリアへ視線をやると、顔が覗けるくらいにフードが上げられている。
そして見えた素顔には、妖艶な雰囲気が満ち溢れていた。
「ねえ、ロイド君。私と交わってみる?あなたが精をくれるなら、街からここへの往復くらいは簡単なのだけど」
誘惑とはきっとこういうことを言うのだろう。
相手がリリムだからか、思わず頷きたくなる衝動に駆られるが、寸前のところでそれは止められた。
「……俺にはリィナがいるんだ。浮気なんかするか。転移魔法を使ってくれるって言うなら、行き先を遺跡にしてくれ。その方が時間を短縮できる」
吐き捨てるように言うと、ミリアは楽しそうに笑った。
「恋人がいるだけあって、さすがにこんなおふざけの誘い文句には乗らないみたいね。それと、遺跡への転移は色々と厄介だろうからやめておくわ」
「厄介?」
「ええ。多くの人が求める星は遺跡にある。なら、その遺跡は確実に見張られていると考えた方がいいわ。そんな所にいきなり転移したらどうなるか。言わなくても分かるでしょ?」
ロイドは頭をかいた。
ミリアの言うように、遺跡は間違いなく見張られているはずだ。
それは蜘蛛の糸のようなもので、迂闊に触れれば巣の主に知らせることになる。
つまり、星を求める張本人にだ。
そうなれば、間違いなく子飼いの傭兵や兵士を大勢引き連れて押し寄せてくるに違いない。
そんな状況になれば、厄介ではすまない。
「確かにな。しかし、遺跡が見張られてるとしたら、俺達も侵入するのは難しそうだ。なにか考えはあるか?」
「実際に状況を見てみないことには、なんとも言えない
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