リリムと少年の一つの願い(前編)

森へと続く道を一人の少年が歩いていた。

森へと辿り着くと、少年は見かけには似合わないため息をついた。
そして上着を少しだけめくり上げる。そこから覗いたのはアザができた自分の腹だった。
「やっぱり痕ができてる・・・」
少年は再びため息をついた。
こんなところにアザができてるわけは、単純にここを蹴られたから。
それが仕事で失敗をしたからなんて理由ならまだいい。
これは先輩にあたる二人の青年からの八つ当たりでつけられたものだ。
先輩二人と少年は戦争孤児で、領主の好意で雇ってもらい、飼っている馬の世話をしている。
雇ってもらった当初こそ喜んだ少年だが、それは間違いだったとすぐに気付いた。

先輩にあたる二人の青年がかなり意地悪なのだ。
ほとんどの仕事を少年に押し付け、自分達は仕事をしているふりして話をしているだけ。そんな場面を見つかり、怒られると腹いせとばかりに二人は少年に暴力を振るった。顔を殴ると問題になると思っているからか、顔以外の場所に暴力を振るわれるので、少年の体は腹以外にも多くのアザが残っている。

そんな少年が森に向かった理由はただ一つ。
そこが唯一落ち着く場所だからだ。
今は昼休みで、午後の鐘がなるまでは自由。
だから少年は森に向かっていた。
使用人の食堂もきちんと用意されてはいたが、そこには大嫌いな先輩二人がいる。ただでさえ部屋が同じで嫌でも顔を合わせるのに、食事の時まであの二人の顔を見たくなかったのだ。

少年は森を少し入っていくと、いつもの場所に腰を下ろす。
いつものようにお弁当にしてもらった昼食を食べ終わると、少年はため息をついた。

どうして自分はこうも不幸なのだろう。
親と故郷を失い、それでもなんとか生きていける場所を得たと思ったら、そこはろくでもない場所だった。

なんでこんな仕打ちを受けなければいけないのかと、空を見上げた時だった。

『それ』を見つけた。

「え?」

一瞬、見間違いかと思った。
しかし、『それ』は確かに存在していた。少し大きめの木のちょうど真ん中辺りにある枝に『それ』はいるのだ。

そこにいるのは一人の女性。
木の幹に寄りかかり、気持ちよさそうに寝入っていた。
少年はその光景に思わず魅入ってしまう。正確にはそこで眠る女性から目が離せないでいた。
それくらい美しかった。

しばしの間惚けていた少年だが、鳥の鳴き声でハッと我に帰る。
あんなところにいる時点で普通の人間ではない。
よく見ればその背には黒い翼があり、腰の辺りからは尻尾が垂れていた。
間違いなく、魔族だ。

この辺りは魔物を排他する意識が強く、魔物を見たら通報する義務がある。
つまり少年は通報しなくてはいけないのだが、全ての魔物が悪い存在ではないことを知っていた。

目の前の女性が悪い存在かは分からないが、それでも少年は通報するために戻ろうとはしなかった。
魔族は人間の男を奴隷としてさらっていき、さらわれた男は魔族にされ、永遠に快楽を与えられる。
それを知っている少年は目の前の女性に自分をさらってもらおうと思ったのだ。

普通なら魔族の奴隷になるなど考えたくもない。
ただ、今の少年の状況と比べるとそちらのほうがマシだった。

そう考えた少年は女性を起こそうとする。
ただ、大声を出して他の人に気づかれるとまずい。
だから少年は木に衝撃を与えて女性を起こすことにした。

助走をつけ、木に蹴りを入れること五回。

「ん・・・」

妙に色っぽい声とともに、女性はうっすらと目を開けた。
それを確認した少年は恐る恐る声をかける。

「あ、あの・・・」

声が聞こえたのか、女性はこちらを見た。
赤い瞳がこちらを見た瞬間、少年の心臓が恐ろしいほどの勢いでバクバク言い出した。
それと同時に舌が回らなくなり、言葉が続けられなくなる。
それでも少年が女性から目を離せないでいると、女性はクスリと笑う。
そして次の瞬間、女性の姿が不意に消えた。

「え?」

「私に何か用?」

急に近くから声がした。
少年がそちらを見ると、さっきまで木の上にいた女性が目の前で微笑んでいた。

「え?え?」

目の前の女性と木の上とを交互に見る。いつの間に移動したのだろう。

「ちょっとした転移魔法よ。それより、私に何か用があるんでしょ?」

少年が何を思ったのか察知したらしく、女性は軽く笑うとそんなことを言った。
その笑顔に少年はまた見惚れてしまう。

笑顔だけを見れば、女神といっても過言ではない。
ただ、その身にまとっている服は胸元が大きく開いていたり、白い肌の腹部が露出していたりと目のやり場に困るものだった。

それでも少年は勇気を出して声をかける。

「あ、あの、あなたにお願いがあるんです」

「お願い?なにかしら?」
女性は相変わらず優しそうな笑みで見つめてき
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