子供の約束

それは春先の出来事だった。
今年で六才になる祐助は、一人森の中で遊んでいた。
森があるくらいだから、彼の住む村は田舎もいいとこで、当然子供が楽しむような娯楽など何もない。
だから、野山を駆け巡る腕白坊主になったのは当然だったのかもしれない。
その日も祐助は森の中を慣れた様子でさまよっていた。
同じ年頃の子と一緒に遊べばいいと思われそうだが、子供には子供なりの事情があるのだ。
現在、村での流行りの遊びは、森や山に行って珍しいものを見つけて持ち帰ってくることだった。
だから祐助も何かすごいものを見つけて友達を驚かせようと、一人で森の中を堂々と進んでいたのだ。
だが、子供が一人で広大な森の中から珍しいものなどそうそう見つけられるはずもなく、その日も祐助はなにも発見できずにいた。
そうなると、意地でも見つけようとするのが子供というものだが、祐助も行ったことのない森の奥まで探そうとはせず、来た道を引き返す。
静かな森に響くのは祐助が落ち葉や枯れた枝を踏み分ける音だけ。
大人によっては不気味に感じることもありそうだが、無邪気な子供には静けさなど恐怖に感じず、当たり前のように進んでいく。
あと少しで森を抜けるといった所まで戻ってきた時だった。
ふと、女の子の声が聞こえた気がしたのだ。
「?」
不思議に思った祐助は辺りを見回すが、誰も見当たらない。
首をかしげて歩き出した祐助だったが、今度ははっきりと女の子の、それも泣いているような声が聞こえ、足を止める。
村の女の子かと思い、祐助は声のした方角へと走り出した。
祐助の向かった方角は間違ってはいなかったようで、女の子のすすり泣く声がはっきりと聞こえてくる。
そして一際大きい藪を突き抜けた時、祐助はついに女の子を発見した。
歳は祐助と同じくらいだろう。いきなり目の前に音を立てて祐助が現れたからか、女の子は怯えたように体を竦める。
そんな女の子は、下半身が白い蛇の体だった。
「あれー?蛇の妖怪さんだー」
目の前にいるのは明らかに人ではないというのに、祐助は首をかしげただけで怯えるようなことはせず、間延びした声を出す。
それどころか、女の子に微笑んでいた。
「なんで妖怪さんは泣いてるの?どこか痛いの?」
祐助が現れて一旦は泣くのを止めていた少女だが、その言葉に再び泣きだした。
「ふ、えぐっ…。お花を摘んでたら、み、道に、迷っちゃって、おうちが分からないの…」
そう言う少女の手には、摘んでいたのだろう白い花がいくつか握られていた。
「迷子なの?おうちはどこにあるの?」
「お、おっぎな、滝の、あ、あるとごろ…」
右手で目元をごしごしと擦り、鼻声でなんとかそう言った少女は再びぐずり出す。
「滝…?あ、ぼく知ってるよ。連れてってあげる」
少し前に同じ理由で森に入った時、たまたま発見したのを覚えていた祐助は少女の手をとって歩き出す。
一度行ったことがあるからか、祐助は似たような景色の森を足を止めることなく進み、やがて目的の場所へと到達した。
水が小高い崖から降り注ぎ、その落下地点では飛沫が煙の如く立ち込めている。
うるさいくらいの水音が絶えないその場所は、少女が望んだ光景だったのだろう。
その顔に、ホッとしたような笑みが戻った。
「ここでしょ?」
笑顔で問いかける祐助に、少女はこくこくと頷く。
「おうちに帰れてよかったね!」
ニコニコと笑顔の祐助に、少女はおずおずとお礼を述べた。
「あの、ありがとう…。あなたのお名前は?」
「ぼく?ぼくは祐助だよ」
「祐助…」
祐助の名前を聞き出した少女は、何度もその名を繰り返し呟く。
そしてその頬を僅かに赤くしながら、少女は祐助にこう言った。
「祐助。私、大人になったら祐助にお礼がしたいの。だから、そのときはお嫁さんにしてくれる?」
「ぼくのお嫁さんになりたいの?いいよー」
「ほんと?ほんとに?」
「うん」
無邪気に笑いながら、こくりと頷く祐助。
それに対して少女はこれ以上ないくらい嬉しそうに微笑み、その蛇の尻尾が揺れる。
幼い二人による微笑ましい口約束。
だが、この約束を少女が本気にしていたことを、その時の祐助には知る由もなかった。





そして十六年後。
「ふう、こんなとこかな」
畑の雑草を根元から引き抜いていた祐助はもう一度畑を見回し、余計な雑草が生えていないことを確認すると、首にかけていた手拭いで額の汗をふいた。
どこから来たのか分からない名も無き雑草は抜いても抜いても、数日後には何食わぬ顔でひょっこりと生えてくるのだから性質が悪い。
そんな雑草を畑から取り除いて空を仰ぐと、お日様が昼に近いことを知らせていた。
その証拠に、祐助の家からほど近い所に居を構える大吾が声をかけてくれた。
「おい祐助、そろそろ昼時だぞ。精を出すのはいいことだが、お前も昼にしたらどうだ?
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