リリムと謎の禁書(後編)

晴天のもとの港町リーベルは非常に賑やかだった。
港は様々な商品が出入りするため、どの店も扱っている商品が豊富だ。
それを目当てに歩く旅人姿の者もいれば、人でごった返している通りで自慢の歌声を披露するセイレーンもいる。
どこを見ても人と魔物。
祭りにも近い熱気が町中から発せられているからか、時折吹き抜ける潮風が心地いい。
用事がなければ気の赴くままに町を散策したいところだ。
「これだけ人がいれば、イデアスの行方を知っている人もいそうね」
「本人がここにいれば文句なしなんだけど、さすがにそれはなさそうだわ。とりあえず、別れて情報を集めましょ。あんたはどこに行く?」
「手分けする前に、まずは酒場に行ってみない?レゼルバが彼女と出会ったのも酒場のようだから、もしかしたら店の人も知っているかもしれないわ。それでダメだったら、手分けして情報を集めましょ。これだけ人がいると、合流するのも面倒そうだし」
「ん、そうね。じゃあ、適当な酒場に行きましょ」
そう言って歩き出すルカの隣を私もついていく。
そしてすぐに一軒の酒場を見つけたのだが、店の扉には「準備中」の札が下げられ、今は営業していないことを物語っていた。
「幸先悪くて嫌になるわ…。次に行きましょ」
「まあ、そう焦らずに。ちょっと待っててね」
ため息をついて歩き出そうとするルカを呼び止め、店脇の路地から裏に回る。
するとそこには、酒樽を運んでいる中年の男がいた。
「作業中悪いのだけど、ちょっといいかしら?」
「ん?おっと、これは随分と美人の魔物さんだ。私になにか用かな?」
「ええ。この店にドラゴンの客が来たことはある?」
単刀直入に尋ねると、男は肩をすくめた。
「いや、うちには来たことはないな。ドラゴンが来る酒場と言ったら、きっとモートの所だろう。たまにワインを飲みに来ると言っていたのを聞いたことがある」
「そのモートという人が経営する酒場はどこに?」
「町の東側だよ。通りから路地に入って行った所にある。あまり大きい店ではないから、見つけにくいかもしれんな」
「いえ、それだけで十分よ。ありがとう」
片手を上げて作業に戻る男に礼を言うと、すぐ後ろにいたルカに問いかけた。
「聞こえてた?」
「町の東側の酒場でしょ」
その場で回れ右をして歩き出すルカの後ろについて大通りに出ると、進路を東に向けて歩行を再開する。
「ねぇルカ。禁書について一つ訊きたいことがあるのだけど」
町中で世に知られるべきではない禁書のことを口にするのもどうかと思ったが、この喧騒では私達の会話など聞こえないだろうとルカに声をかける。
「なによ?」
「レゼルバにイデアス。偶然なのか、関わっている魔物がヴァンパイアにドラゴンと上位魔族ばかりだけど、禁書の内容を行使するには強い力を持った者でないとダメだったりする?」
ルカは足を止めると、視線を下に落とす。
「…あんたは本当に鋭いわね…。それもリリムだからなの?」
そう言って小さなため息を一つ。
そんなルカの様子は、見かけとは不相応の魅力を放っていて、妙に大人びて見える。
「あんたの問いに答えると、禁書の内容は上位魔族でなくとも使用できるわ。それこそ人でもね。禁書は魔力を帯びているって言ったでしょ?使用者が内容を理解すれば、後は禁書に宿る魔力だけでその内容を自在に行使できる。禁書が厄介な理由の一つよ」
ルカが語った内容に、今度は私が小さくため息をついた。
つまり、禁書は使い手を選ばないということだ。
よくもまあ、そんな厄介な代物をこの時代に残してくれたものだと執筆者に文句を言いたくなる。
それと同時に、これは母様が処理すべきなんじゃないかという考えが頭に浮かぶ。
だが、そんな考えはすぐに二度目のため息とともに消えていった。
「父様と交わることで忙しいから、こんなことはやらないわね…」
「なに訳分からないこと言ってんのよ?」
私の呟きが聞こえたのか、小さく首をかしげるルカ。
「いえ、ちょっと呆れてただけ。それより、教えてもらった酒場に行きましょ」
例えこの件について報告したところで、そのまま処理するようにと言われるのが目に見えている。
だったら報告などせずに、このままルカと一緒に禁書を探したほうがいい。
「まあ、なんでもいいけどさ。こうあちこち歩き回されるのは嫌になるわ」
「じゃあ、手っ取り早くお店を探す方法を使いましょうか?」
「なに、そんな方法あるの?」
つい数瞬まで面倒そうだったルカは、興味深々といった顔を向けてきた。
「ええ。とは言っても、確実ではないんだけどね」
ルカにそう説明すると、町行く人々へと視線を移す。
そしてその中から誠実そうな青年を見つけると、歩み寄って声をかけた。
「ねえ、そこのあなた。ちょっとお願いがあるのだけど、いいかしら?」
「あ、はい…。なんですか…?」
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