リリムと謎の禁書(前編)

「はぁ…」
思わずため息が出てしまった。
その原因は私の手元にある一通の手紙。
これが母様からの指令書だったならどんなにいいことか。
この手紙の差出し人は友達の一人で、その内容はちょっとしたパーティーへの招待状。
ただ、パーティーとは言っても、相手も魔界では有数の貴族なので、集まる人もその賓客をもてなす内容もそれはそれは豪華なものになる。
だったら普通に楽しめばいいじゃないかと思われそうだが、生憎とドレスを着て社交場へ赴くのはあまり好きじゃなかったりする。
なにしろ、色々と気疲れするしね。
これなら、少し前に招待されたヴァンパイア夫婦とのちょっとした食事会の方がよっぽどいい。
「はぁ…」
再びため息をつきつつ、招待の手紙を引き出しにしまう。
行きたくはないが、行かなくてはならないだろう。
それが付き合いというものだし。
日時は少し先なので、憂鬱になるのは日が近くなってからにしよう。
とにかく、今は気晴らしだ。
そんなわけで、ルカの家に来ていた。
ただ、頭であれこれと考え事をしていたせいで、ノックせずに扉を開けてしまう。
「ルカ、遊びに来た―」
全て言い切る直前で、私は言葉を中断した。
いや、してしまった。
扉を開けて見たのは、上半身裸で佇む青年と、その前にひざまづき、青年の腰の辺りに抱きついているルカの姿。
そしてすぐに二人と目が合う。
「ごめんなさい、邪魔したわ」
そう言って静かに扉を閉める。
なんだか信じられない光景を見た気がする。
男なんか嫌いだと豪語していたルカが当の男に抱きついていたのだから、私が驚くのも無理はない。
そんな私に向かって、扉の内側からルカの悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。
「ちょ!ちょっと!!違うのよ!!」
慌てたように顔を出したルカの顔は既に赤い。
今日も愉快な一日が始まったのだった。


顔を真っ赤にしたルカに腕を掴まれ、ほとんど強引に家に引きずり込まれた私は初めて青年の顔を近くで見た。
顔立ちは整っている方だが、顔があちこち腫れあがっている。
「あんたのせいで誤解されたじゃない!」と、ルカにしこたま殴られたのだ。
それでも笑みを崩していないあたり、かなり心の広い人物らしい。
「それで、あなたは誰なの?」
「僕ですか?僕は」
「情報屋よ」
青年が話している途中で、ルカが口を挟む。
「情報屋?」
「はい。それで、僕は―」
「黙りなさいよ」
どうやらこの青年にしゃべらせたくないらしく、ルカが再び口を挟む。
「え、でも」
「なによ、あんた!」
じろりと睨むルカ。
しかし青年も黙ったままではいられないらしく、おどおどしながら口を開く。
「せ、せめて自己紹介を―」
「なによ!あんた!!」
語気を荒くしながら言外で黙れと圧力を発するルカに、青年はしゅんとうなだれた。
「…はい。すいません…」
なんというか、この二人の力関係が一瞬で分かるやり取りだ。
ただ、このまま放置するのも可哀そうなので、当り障りのない問いを彼に向ける。
「ところで、あなたはよくここに来るの?」
「はい。ルカさんは大事なお得意さんですから。まあ、依頼がなくてもよく顔を出しに来ますけどね」
あら、これは…。
「よく顔を出すってことは、あなた、ルカに気があったりする?」
ちょっとした興味本位で訊いてみると、青年の顔がパッと輝いた。
「気があるどころじゃありませんよ!もう、完全に魅了されちゃってます!ルカさんはその可憐な姿といい、性格といい、全てが僕の好みです!」
少し興奮気味に語る青年は予想通りルカにお熱らしい。
「確かにルカは容姿も性格も可愛いわね。ふふ、ルカの魅力が分かる男がいて嬉しいわ」
「ええ、僕の理想の女性で―ぐあッ」
「黙れって言ってるでしょ!」
自分のことをあれこれと話されるのが我慢ならなかったのか、顔を赤くしたルカが青年を殴り飛ばした。
体重の乗った渾身の一撃だったらしく、青年の体は吹き飛んで積み上げられた本の山に直撃する。
それだけでも痛いだろうに、床に倒れた青年の上に本の山が崩れ落ちて彼を埋めていく。
狙ったのか、それとも偶然なのかは分からないが、もし狙ってやったのなら見事な二段攻撃だ。
結果、床に散らばった幾多の本から人の足だけが二本出ているというシュールな光景ができあがった。
「ちょっと!人の家を散らかしてんじゃないわよ!!」
散らかる原因を作ったのは間違いなくルカなのだが、本人はそんなことは棚上げして理不尽極まりない言葉を本から出てる二本の足に言う。
「ねえ、ルカ。さすがに可哀そうじゃないかしら?」
「大丈夫よ。そいつもインキュバスだし、これくらい問題ないわ」
しれっと言うルカに、悪いことをしたという感じは微塵もない。
まるで当たり前のような顔をしているあたり、彼に対する態度はこれが普通なのだろうか?
「…なんだか納
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