空から見下ろす森。
それは緑一色で、まるで色の違う海のようだ。
樹海とはよく言ったものだと思う。
恐らくは延々と木が生い茂る森を見た人がそう言ったのだろう。
けど、個人的には空から見た森の方が樹海と呼ぶに相応しい気がする。
そんな森の中にぽつんと存在する家。
友人ルカの家である。
彼女の家の前に静かに降り立つと、扉をノックする。
「ルカ、いるかしら?」
「いるわよ。それにしても、あんたも懲りないわね。なんか用?」
すぐに扉が開けられ、ルカが顔を出した。
ちょっと呆れたような顔だが、声は穏やか。
ご機嫌斜めというわけではないようだ。
だから挨拶代わりに言ってあげた。
「あら、用がなかったら会いに来てはいけないの?」
首をかしげて微笑むと、ルカはなんとも言えない顔になる。
「そういうわけじゃないけど…。言っとくけど、今日はあんたにかまってられないわよ?」
「それは仕事の用事かなにか?」
「そうよ。調合素材の取引相手と色々と打ち合わせがあるの。あんたも新聞読んでるなら知ってるでしょ。この前レスカティエが陥落したってやつ」
ルカがつまらなそうに語ったことはもちろん知っている。
なにしろ新聞の一面に大きく掲載されていたし、その実行犯は身内だし。
まあ、会ったこともない姉の一人だが。
「それはもちろん知っているわ。でも、その件とあなたにどういう関係があるの?」
「単純な話よ。これを機に、レスカティエにも支店を出す予定なんだって。で、今以上に注文が増えるだろうから、その辺の打ち合わせ」
面倒くさいと顔に大書したルカはため息をつく。
「じゃあ仕方ないわね。また今度遊びに来るわ」
さすがに打ち合わせでは手伝えることもないし、邪魔はしたくない。
そんなわけで踵を返した私に、ルカは慌てたように声をかけてきた。
「あ、い、言っとくけど、あんたより仕事を優先してるわけじゃないから!アタシは打ち合わせなんて面倒としか思ってないから!そこんとこ誤解しないでよ!?」
早口でまくしたてるルカの頬は赤い。
ただ、そんなルカの様子よりも、その言葉に驚いてしまう。
驚いてしまうが、すぐに笑みを返した。
「ええ、分かってるわ。じゃあ、またねルカ」
「え、ええ…。その、ま、またね…」
最後のほうはほとんど視線を逸らしてしまうルカ。
顔が赤いところを見ると、恥ずかしいのだろう。
そんなルカとの会話を名残惜しく思いつつも、彼女の家を後にする。
「さて、どうしようかしら?」
散歩という気分ではないし、かといって何かすることがあるわけでもない。
仕方ないので、ふと頭に浮かんだ場所に行くことにした。
「ここは相変わらずね…」
私がそう感想を漏らしたのは、所々にガーゴイルが並び、禍々しい装飾が施されている城を見てだ。
どんなに強い力を持った勇者でも陥落させることは出来ない難攻不落の城などと言われているが、私から見ると無駄に大きいだけの実家である。
そんな魔王城は今日も平和そのものらしい。
だからこそ、少し耳を澄ませば甘い嬌声が聞こえてくる。
中庭にいるのにも関わらず、だ。
まあ、非常事態でもない限り毎日がこんな調子なのでなんとも思わないのだが。
城内に入ると声だけでなく甘い香りまで漂ってくるが、気にせずに進んでいくと警備のリザードマンに出会った。
「これはミリア王女様。お久しぶりでございます」
その場に片膝をつき、リザードマンは恭しく頭を下げる。
「久しぶりね。ただ、その仰々しい態度はやめてもらえるかしら?それと、王女様もいらないわ」
私だけかもしれないが、全くと言っていいほど自分が王女だと自覚したことがないのだ。
それに、例え王女であっても、次の王になれるのは一人だけ。
だったら、その者だけが王女として扱われればいいと思う。
まあ、所詮私の考えにすぎないのだけど。
「とんでもありません!あなた様は陛下のご息女なのですから、王女とお呼びし、敬うのは当然のことです!」
「もう少し気楽に接してくれてかまわないのだけど」
ため息混じりそう言うと、リザードマンは申し訳なさそうに顎を引き、恐る恐るといった感じで私を見た。
「では…その、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
笑みとともに了承の言葉を返すと、リザードマンは少しの間を空けて質問してきた。
「レスカティエを陥落したのは、あなた様ですか?」
虚を突かれるというのはきっと、こういうことを言うのだろう。
あまりにも予想外すぎる質問に、私は返事が遅れてしまった。
「…なぜ私だと?」
「ミリア王女様は一際強い力をお持ちだとお聞きしていましたので、レスカティエの陥落はあなた様の手によって成されたのではないかと」
至って真面目な考察を述べるリザードマン。
それに対して私はため息が出てしまう。
「私ではないわ」
「そう、です
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