とある大陸の片隅に、一つの村がある。
この大陸には親魔物派の人々が住んでいるのだが、大陸そのものが小さいからか、教団に目を付けられることもなく、その村も毎日がのどかだった。
どれくらいのどかかというと、牛がモーと鳴きながらその辺の草を食べ、羊がメェーと鳴きながら羊飼いに連れられ、コカトリスの喘ぎ声が毎朝村中に響く…のは違うかもしれない。
まあ、それくらい平和だということだ。
そんな平和な村の一角にボクの家はある。
朝起きると真っ先に家から出て、目の前の花壇をチェックする。
すると、昨日まではただの地面だったところから小さな芽がいくつか出ているではないか。
「お〜、出てる出てる」
うんうん、元気に成長しているようでなによりだ。
満足の笑みを浮かべ、じょうろで水やりをする。
これがボクの毎朝の日課。
この後は裏の畑の野菜の確認だ。
頭の中でそんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「よーリオ。朝から早いな」
ものすごくのん気な挨拶だが、急に声をかけられたものだから思わずビクリとしてしまう。
おかげで、見事に尻尾の毛が逆立ってしまった。
朝から心臓に悪い挨拶をしてきたヤツを、ボクは振り返って睨みつける。
「カイル!『よー』じゃないよ!急に声かけないでよ!びっくりするじゃんか!」
「いや、普通に挨拶しただけだろ」
全く悪びれもせず、ニカリと笑うカイルはボクのお隣りさんだ。
そして…ボクの好きな人。
…訂正、ボクも好きな人。
どういうわけか、このカイルはモテるのだ。
なぜかはよくわからないけど、同年代の男と比べてカイルの体つきがたくましいことが理由なんじゃないかと思う。
まあ、毎日力仕事をやっていればたくましくなっても不思議じゃないけど。
そんなカイルだが、性格に問題ありだったりする。
鈍感なのだ。
それもかなり。
どれくらい鈍感かというと、ラミアの友達のローザが勇気を振り絞って「私と付き合って!」と言ったところ、「いいぞ、どこにだ?」と真面目に返して三日間ベッドで泣き通しにさせ、ハーピーのリーンが「この羽、どう思います?」と訊いたところ、「空飛べるっていいよな」とバカ丸出しの発言をして茫然とさせた。
ちなみにボクも訊いたことがある。
毎日手入れを欠かさない尻尾を見せて「この尻尾、どう思う?」って。
そしたらカイルはなんて言ったと思う?
「なんか犬っぽくていいよな」だってさ。
…犬ってなんだよ。ボクは狐だよ!妖狐だよ!
もうカイルの言葉には怒る気すら失せて呆れるしかなかった。
そんな超絶鈍感野郎のカイルだが、それでも嫌いになれないから困る。
だから、こうして話しかけられたらやっぱり嬉しいのだ。
「もういいよ、挨拶は。で、なにか用?」
「おう。手を出してくれ」
言われた通りに素直に手を出すと、カイルは袋をボクの手に乗せた。
「なにこれ?」
「お前の好きなもの」
楽しそうに笑うカイルを訝しみながら袋の中を覗くと、そこに入っていたのは稲荷の文字が書かれた包み。
「これ、もしかしてなるさんのとこの油揚げ!?」
なるさんというのは隣り街でお店を開いている稲荷さんで、彼女の作る油揚げは絶品なのだ。
しかも、値段は良心的だからお店が開くと同時に即完売。
そんな滅多に手に入らない油揚げが目の前にあるのだ。
ボクが驚きの声を出したって少しもおかしくはない。
「おう。今朝は早くから隣り街に届け物があってさ。行ったついでに買ってきた」
そんなことをさらって言って笑うカイルだが、ボクはその言葉にドキリとしてしまう。
ついでって、もしかしてボクのために買ってきてくれたの?
「な、なんで買ってきてくれたの?」
変な期待が膨らみ、つい訊いていた。
「なんでって、この前、野菜をもらっただろ。その礼だよ」
確かに野菜はあげた。
だってカイル、ほっとくと肉しか食べないから。
「あげたけどさ。あれは、多めに採れたからおすそ分けしただけだよ?」
「おすそ分けだろうと、もらったことは事実だろ。だからその礼だよ」
「それだけ?」
「それだけ。なんだ、嬉しくなかったか?そんなことないよな、尻尾揺れてるし」
「!」
言われて尻尾を見れば、パタパタと揺れていた。
今更すぎるのに、それでもこれ以上揺れているとこを見られないようにと背後に隠す。
「まあ、そういうわけだから食べてくれよ。じゃーな」
カイルはそう言い残して行っちゃった。
その場にぽつんと取り残されたボクは、カイルが見えなくなると尻尾を掴む。
「なんで揺れるんだよ、ボクの尻尾!」
自分の体の一部なんだから、揺らしたのは間違いなくボクなのだが、それでも勝手に動いた尻尾に文句を言う。
うう、どうしても感情に反応して動いちゃうんだよな…。
雪のように真っ白な毛に覆われた尻尾を放すと、空を見上げる。
まだ太陽は昇りきっていない
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