たゆたう想い

ラカールという名の街だった。
親魔物派の街で、街に住む人と魔物の比率はちょうど半々といったところ。
ミリアにこの街に連れてきてもらってもう三ヶ月になる。
現在グレイはパン屋で見習いとして、住み込みで働いていた。
「ありがとうございました」
常連さんのワーシープにパンの入った袋を渡し、頭を下げる。
グレイが住み込みで働いているパン屋はおかみさんが今まで一人で切り盛りしていて、おかみさんの人柄もいいからか愛用する人は多いようだった。
もちろん魔物にも好評で、今のワーシープのようにけっこうな頻度に買いに来るお客さんも多い。
働き始めた頃は店番なんて出来るか不安だったが、買いに来るお客さんが揃っていい人ばかりなので慣れるのに時間はかからなかった。
「ねじりパンが減ってるかな…」
売れ行きが好調で残りが少ないパンを確認し、おかみさんに報告しようとした時だった。
店の扉が開き、一人の少女が入ってきた。
長い金髪に赤い瞳。そして白い肌。
これだけ特徴的な容姿だと、大概の人はすぐにわかるだろう。
この少女もヴァンパイアの一人で、歳はグレイと同じ15。
ヴァンパイアと聞くと反射的に故郷を襲撃してきたアイツを思い出してしまうが、アイツと目の前の少女は違う。この少女はおよそ同じ種族とは思えないくらいに穏やかな性格をしている。
「ああ、エリスか。また買いに来たのか?」
「うん。いつものある?」
エリスの言ういつものとは蜂蜜がたっぷりとかかったパンで、この店ではかなり人気の一品だ。だからすぐに売り切れてしまうことが多い。
「どうせ来るだろうと思って取っといた。他は何か買っていくか?」
本当はこういうひいきはよくないのだが、最近は毎日買いに来てくれるのでこれくらいのサービスはしたっていいはずだ。
グレイは心の中で言い訳しながら、取っておいた蜂蜜パンを出す。
「ううん、これだけでいい。はい、代金」
エリスはいつものようにぴったりとおつりの必要がない代金を差し出してくる。
「ん。はい、まいど。じゃあ、またよろしくな」
商品と代金の受け渡しが済んだので、グレイはそう言って別の作業をしようとする。
「あ、グ、グレイ。ちょっといい?」
ところが、なぜかエリスはいつものように帰らず、声をかけてきた。
「ん?どうした、まだ何か用か?」
「あ、あのね、グレイは仕事を休める日ってある?」
休める日?
「うーん、どうだろう。おかみさんに聞かないと分からないな」
おかみさんは早くに旦那さんを亡くし、子供もいないので今までは一人で店を切り盛りしていた。
今でこそグレイもいるが、やはり一人より二人の方が店番をしなくていい分、おかみさんは楽だろう。
住み込みで働かせてもらっているわけだし、休みをもらうわけにはいかない気がする。
「あたしがなんだって?」
グレイがあれこれと考えていると、おかみさん本人が現れた。
「うわ!おかみさん、聞いてたんですか?」
「ちょっと聞こえただけさ。おっと、エリスちゃんか。いつも買ってくれてありがとね」
「いいえ、おばさんのパンはおいしいですから」
笑顔で答えるエリスにおかみさんは微笑む。
「嬉しいこと言うねぇ。それで、どうしたんだい?」
「あ、エリスに仕事を休める日はあるかって訊かれたんで」
そう言った途端、エリスは急に顔を赤くし、うろたえた声を出した。
「ちょ、ちょっとグレイ!なにもそんな正直に言わなくても!!」
「え?なんで?」
ありのままの事情を話して何が悪いのだろう。
そんな二人のやり取りを見ていたおかみさんは、意を得たりとばかりに声なく笑った。
「エリスちゃんの酒場は確か、明後日は定休日だね。明後日のうちの予定は特になしか…。うん、問題ないね」
一人頷くおかみさんを不思議に思い、グレイは声をかける。
「あの、おかみさん、何が問題ないんです?」
「グレイ、あんたは明後日、仕事は休みね」
いきなりの発言にグレイは目を見開く。
「ええ!?いきなりなんですか!?」
「別におかしくないだろ。あんた、うちの店に来てからずっと働きっぱなしだし、たまには休みをあげないと体が参っちまうよ。そんなわけだから、明後日は休みね」
おかみさんはそれだけ言うと、「おっと、ねじりパンが少ないね」と呟きながら奥に引っ込んでしまった。
「…なんか急に休みになったな…。で、エリスはなにか俺に用事でもあるのか?」
「な、なにもないよ!じゃあ、私は帰るから!!」
気を取り直して尋ねると、なぜかエリスは顔を赤くして走り去ってしまった。
よくわからない少女だ。
あれが俗に言う乙女心なのだろうか?
男のグレイは理解出来ないとばかりに首をひねったのだった。




太陽が二回昇って、グレイが休みの日。
貸してもらっている部屋から出て工房を覗くと、おかみさんがせっせとパンを焼いていた。
「あ
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