空を異様な色の雲が渦巻いている。雲の合間から覗く空も、不安を煽る色合いをしていた。
それもそのはず、ここは魔界。青空と白い雲の広がる地上とは、全く異なる世界だった。
見渡す限りの荒野の真ん中には、巨大な城が渦巻く雲に向けてそそり立っている。
そして城を目指すように、荒野を一台の巨大な荷車が進んでいた。
六つの車輪が大地を踏みしめるその荷馬車は、金属特有の鈍い光沢を帯びており、罪人護送用の箱型馬車に似た形をしている。だが、妙なことに引く馬もいないのに、前へ前へと進んでいた。
「あれが、魔王城ですか…」
箱型馬車の天版の蓋を開き、顔をのぞかせたウィルバーが城を見上げながらそう呟いた。



見世物小屋の一件ののち、レスカティエに文字通り駆け戻ったウィルバーは、レスカティエの公文書館に押し入り、通常数人がかりでないと持ちあがらない「言の戸」と呼ばれる落とし戸を一人で開いて、地下書庫に入り込んでいったのだった。
資料を手に入れた彼はすぐさま緊急会議を招集し、集まった高僧や聖騎士を前にして、彼はこう言ったのだ。
「皆さん、魔王を滅ぼしましょう」
驚愕する一同を前に彼は朗々と、もはや魔物を個別に相手しては埒が明かない、大元を立つべきだ、と続けた。
「しかし、どうやって魔王を倒すのだ?」
「あ奴の側には、前魔王を倒した裏切り者が控えているのだぞ」
湧きだす当然の疑問に、彼は自信に満ちた声で、こう応じた。
「問題ありません。私が相手をします」
そしてマントの下から槍を一本出すと、その穂先で自身の手首を切り落としたのだ。
「さあ、ごらんください」
赤い断面を晒し、血の溢れだす手首を一同に向けて掲げると、手首の断面を突き破って何かが現れた。
それは、ウィルバーの指だった。
中指、人差し指、薬指が肉をかき分けながら現れ、長袖に腕を通すように手首から先が瞬く間に生え揃った。
「このように、私は主神の御加護と祝福を一身に受けてきました。そして今こそ、主神がお与えになられた物に応えるべきなのです」
目の前で繰り広げられた再生と、ウィルバーのここ数年の武勇は、一同の反論を封じるのに十分な力を持っていた。
「もちろん、私一人ではできることに限りがあります。ですので、皆さんにもご協力をいただきたいのです」
ウィルバーの言葉に、首を横に振れる者は誰もいなかった。


そして、ウィルバーは教団の助力を得て、この『戦車』を作り出したのだった。
公文書館の地下書庫に封じられていた、『ウェイトリィの馬車』をモデルに作りだされたこの一台は、大気中の魔力を吸って動く。
その特性は、魔界のような魔力の満ちた環境で大いに発揮されていた。
「……」
ウィルバーは戦車の表面に刻まれた無数の模様を一撫ですると、空を見上げた。
彼の耳に、遠くから翼が空を打つ音が届いたからだ。
魔王城に向けて接近する戦車に、魔物たちが気が付いたらしい。
「さて…」
目的はあくまでも魔王城への到達。今ここで、この『戦車』を破壊されるわけにはいかない。
ウィルバーは一度頭を引っ込めると、天版の穴から這い出て、戦車の上に立った。
彼の手には、矢がぎっしり詰まった矢筒が握られている。弓は携えていなかったが、問題はない。
矢を一本右手に握ると、聖騎士の鉄仮面が魔王城の方に向けられた。
渦巻く雲を背に、一つ二つと、小さな影が舞っている。形は定かでないが、サキュバスかハーピーだろう。
ウィルバーは、羽ばたく影に向けて、矢を握った右手を掲げ、振り下ろした。
指の間から矢が離れ、緩やかに山なりの子を描きながら影へと突き進む。
そして、矢がウィルバーの目に見えなくなったところで、影があわてたように少しだけ浮かび上がった。遅れて聖騎士の耳に、一際強く空を叩く翼の音が届く。
だが、影が十分に動くより先に矢が届き、空飛ぶ何者かの羽を貫く。
衝撃と痛みに影がバランスを崩し、魔界の大地に向けて落下していく。
しかし、その体が大地の染みと化すはるか前に、近くを飛んでいた別の影が寄り添い、影の落下を止めた。
「仲間思いですね…」
負傷した仲間を抱きかかえ、魔王城へと舞い戻っていく影に向けて、ウィルバーは小さく呟いた。
そして、彼は矢筒に手を伸ばすと、まとめて数本の矢を引き抜いて腕を振りかぶると、一息に振り下ろした。
指の間から矢が放たれ、一本一本が別の方向へと飛んでいく。
すると、舞う影が反応するより早く、鋭い矢じりが翼を撃ち抜いた。
『っ!』
『!?』
風に乗って、微かな悲鳴がウィルバーの耳に届き、姿勢を崩して墜落していく。
仲間の落下に、その周囲を飛ぶ影たちが舞い寄り、抱きとめた。
そして、ウィルバーの思惑通り、影たちはひとつ残らず魔王城へと引き返していった。
これでいい。
ウィルバーは飛び去っていくいくつもの影を見送りながら、鉄仮
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