レスカティエの一角、教団の兵士のための練兵所があった。
そこそこの広さの運動場に、訓練のための器具が豊富に取り揃えてある。
そこでは衛兵や兵士はもちろん、聖騎士を目指す若者たちが日々己を鍛え、魔物との戦いに備えていた。
しかし、いくら心を信仰心で熱くたぎらせてはいても、自身の実力と現実との差に志を折られる者は数多くいた。
そしてその志の差が、訓練の合間に素振りをする者と練兵所の片隅で立ち話をする者とに分け隔てていた。
「なあ、聞いたか?」
練兵所の片隅、聖騎士を志願していた若者の一人が、雑談の合間にそう問いかけた。
「何をだ?」
「また、鉄仮面の聖騎士殿が凱旋したそうだ」
鉄仮面の聖騎士、という単語に数人の訓練兵の身体に緊張が宿るが、すぐにそれは解けた。
聖騎士本人が、ここにいるわけではないからだ。
「今度は、どこかの農場で働かされていた子供をさらった隊商を、検問を通り抜ける直前で鎮圧したそうだ」
「へえ、すごいな」
「え?でも検問所にいたのはアーギュストさんの部隊で、鉄仮面の部隊は検問で抑えた連中を引き取りに来ただけだって聞いたぞ?」
「それは、鉄仮面の部隊の話だ」
話を切り出した訓練兵が、公式とされている噂話を訂正する。
「鉄仮面本人は伝令とともに先に飛び出して、投げ槍で隊商の魔物を仕留めたらしい。そして、アーギュストさんの部下がうっかり取り逃がした子供を、冷静に背後から槍を投げて…」
「…やったのか?」
「らしい」
彼の一言に訓練兵たちは顔を見合わせ、身を震わせた。
「いくらなんでも子供は、ねえ…」
「それに魔物って言っても、検問を通り抜けかけるぐらい人間みたいな外見の連中だろ?俺には無理だ…」
「やっぱり、聖騎士ってやつは普通の人間とはどこか違うのかねえ」
「いや、アーギュストさんの部下によると、さすがにアーギュストさんもドン引きだったらしい」
「つまり、鉄仮面だけが頭おかしいってことか」
「だろうな。あんな鉄仮面いつも付けてる時点で怪しいとは思ってたけどな」
「きっと鉄仮面の下は魔物の顔だぜ。でないとあんなに殺し回る理由なんてないだろ」
「鉄仮面の聖騎士が実は魔物とか、笑えねえよ…」
一同はその決着に苦笑いを浮かべた。
すると、練兵所の入口の方から声が響いた。
「やあみなさん、なかなか精が出ていますね!」
いくらかくぐもったその声に、噂話をしていた訓練はいは身を強張らせ、思わず顔を入り口に向けた。
すると、練兵所の入り口にやたら巨大な人影があるのを認めた。
質素なローブに身を包み、左半身と背中をマントで覆い、フードを被ったやたら肩幅の広い巨躯。
フードの下の顔を覆う鉄仮面こそ、つい最前まで彼らが噂していた鉄仮面の聖騎士、ウィルバーの物だった。
「ウィルバーさん、こんにちは!」
「はい、こんにちは」
入り口近くにいた、訓練の合間だというのに木刀で素振りをしていた、志の高い訓練兵がウィルバーに向けていくらかぎこちない挨拶をすると、鉄仮面の聖騎士は会釈とともにそれに応えた。
「ああ、皆さん。そうかしこまらないでいつも通りで結構です。ちょっと寄ってみただけですので、すぐ退散しますよ」
訓練の手を止める訓練兵に向けて、ウィルバーは構わないようにと告げる。
どうやら本当に、少しだけ立ち寄ってみただけらしい。
「どうか気にせず鍛錬を積み、立派な聖騎士や兵士、衛兵を目指してください」
「それで、ガキを槍で刺し殺すのか…全く、何のために聖騎士になったのやら…」
ウィルバーの言葉に、練兵所の片隅にいた一人が、思わずそう呟いた。
すると、不意にウィルバーがその巨躯の動きを止める。
「…今のは、誰が?」
ほぼ口の中で呟いただけの言葉が聞こえたのか、と訓練兵の一人が身を強張らせると同時に、ウィルバーが鉄仮面の覗き穴を彼の方に向けた。
薄暗い闇の中から放たれた鋭い眼光が、一直線に件の訓練兵を刺し貫く。
「っ!?」
「子供を槍で刺し殺した、と言うふうに聞こえましたが?」
肝どころか全身を凍りつかせた件の訓練兵に、ウィルバーはそう口にしながら距離を詰めた。
「それは、私が子供を殺したということでいいのでしょうか?そこのあなた」
「………」
十歩ほどの距離で動きを止めた巨体を見つめたまま、彼は身体を震わせぱくぱくと口を開閉した。
言葉を紡ごうにも、ウィルバーから滲む微かな怒りの気配が、限界まで引き絞られた弓矢に狙われているかのような錯覚を与えているからだ。
「どなたから、そのような話を聞きましたか?」
「…………う、噂話で、少し…」
震える舌を叱咤激励し、彼はそう言葉を紡いだ。
「なるほど、おそらく先日の件のことが話題になっているようですね。ですが、いくらか事実と異なる点があるようです」
視線の先の訓練兵だけでなく、その場にいる皆に対してウィルバーは
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