ふと空を見上げると、いつの間にか雲の色が変わっていた。
見慣れた白や灰色の雲ではなく、複数の色が入り乱れつつも決して混ざろうとせず、風の流れが複雑な模様を描き出している。ざわざわと、心の奥を騒がせる色合いだった。
「・・・魔界かあ・・・」
少年は、異様な色合いの空に向けてしみじみと呟いた。
彼が纏っているのは、革製の軽装鎧で、腰には剣を下げていた。
いずれも、どこか真新しさを感じさせる拵えであり、下手すれば先月購入した新品といっても通じそうであった。
「よし・・・」
少年は鎧に手をかけ、軽く身体にフィットさせるように揺すった。
勇者として故郷を旅立ってから半年。ここまで運良く、強い魔物や争いごとに遭遇することもなく来れたが、ここからは違う。
魔界は実力が物を言う世界だ。この半年で身につけた物を存分に発揮しよう。
少年がそう腹を決め、足を踏み出した。
そして渦巻く雲の下、しばし足を進めていると、彼の耳を羽音が打った。
「・・・?」
顔を上げてみれば、渦巻く雲と魔界の植物の繁る大地の間に、小さな影が三つ飛んでいるのが見えた。
影は少年の方に向けて近づくにつれて次第に大きさを増し、形をはっきりさせた。
三つの影はいずれも、角を生やし背中から小さなコウモリのような翼を生やした、少女の姿をしていた。
「魔物だ・・・!」
少年の声に緊張感が宿り、震える手が剣を抜く。
すると三人の魔物は、少年の剣の十数歩先に降り立った。
「やっぱり人間だ!」
髪を肩口で切りそろえたショートカットの魔物が、少年の姿にうれしげに声を上げた。
「しかもかわいい男の子だよ!」
つむじのあたりで髪の毛を団子にまとめた魔物が、ショートカットに続ける。
「でも剣を抜いてるわよ?」
背中に届くほどのロングヘアの魔物が、少年の抜いた剣を目にして、ショートカットとお団子の背後に隠れるように回り込んだ。だが、三人の中で頭一つ大きいため、その姿は全く隠れていない。
一見すると、細身のかわいらしい外見の女の子だが、その角と翼が彼女らが人間ではないことを主張していた。
少年の胸中に、魔物を一度に三体も前にしたことに対する恐怖が芽生えた。
「お前たち、何の用だ!」
少年が、三体の魔物に向けてそう声を張り上げた。すると彼の心から、僅かばかりではあるが恐怖が息を潜める。
「きゃっ!」
突然の大声に、ロングヘアが身を縮こまらせた。
「そんなにビビらなくて大丈夫よ」
「そうだよ。むしろあの子の方がビビってるよ」
ショートカットがロングヘアの肩を叩いて落ち着かせ、お団子が少年の恐怖を見抜いた。
「で、でも魔界に来るぐらいだからきっと強いわよ・・・」
「大丈夫だって。ほら剣も鎧も新品だから、ろくに戦ったこともないよ」
お団子がロングヘアに、そう少年に対する評価を伝えた。
「ぼ、僕は強いぞ!お前たちサキュバス三体なんて、あっという間に叩きのめしてやるんだからな!」
「ひっ!」
「へ?」
「え?」
ロングヘアが少年の威嚇に身を縮こまらせ、ショートカットとお団子が一瞬呆けたような表情を浮かべる。
直後、ショートカットとお団子の二人が笑いだした。
「なにがおかしい!」
「いや、だって・・・あたしたちがサキュバスって・・・」
少年の怒りをはらんだ言葉に、ショートカットが笑いすぎたあまり目元に滲む涙を拭いながら答えた。
「ウチらは印譜だよ!」
「インプとサキュバスの違いも分からないなら安心よ」
「・・・・・・そう、かなあ・・・?」
ショートカットが背後に隠れるロングヘアにそう言うと、ロングヘアはどこかおびえた表情を浮かべながら二人の影からゆっくり顔をのぞかせた。
「それに、本当に強いのなら、とっくにウチらなんて叩きのめされてるよ」
「やってみないと分からないぞ!」
ニヤニヤと笑みを浮かべるお団子に向け、少年は自信を鼓舞するように声を張り上げた。
「じゃあ、やってみようか」
「そうだね」
ショートカットとお団子が言葉を交わした瞬間、二人が動いた。
ショートカットが少年を指さし、指先から小さな雷を放つ。
雷は少年が指一本動かす暇もなく彼にぶつかり、前進に衝撃と痺れを走らせた。
「ぎゃ・・・!」
悲鳴が彼の口からほとばしる間に、お団子頭が地面を蹴って少年に迫り、どうにか手で支えているだけの剣を蹴った。
鋭い一撃に、剣は彼の手から弾かれ、回転しながら魔界の植物の合間へ消えていった。
「ほら、弱かったよー!」
「とどめとどめ!」
「え?え?」
ショートカットとお団子がロングヘアに呼びかけると、彼女は戸惑ったように二人の顔を見比べた。
そして、剣を弾かれ雷の影響でどうにか立っているだけの少年に目を向けると、意を決したように彼女は駆けだした。
「えーい!」
捨て身のタックル、というと聞こえはいいが、実のところ半ば抱きつくよ
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