大いなるレッドドラゴンと日をまとう女

教会の一角に、一人のシスターがいた。
礼拝堂と玄関の合間、待合室めいたホールに彼女はいた。玄関と礼拝堂の扉は閉ざされており、礼拝堂からは聖歌隊の少年達の歌声が、時折指導する僧侶の声を挟みながら響いていた。
尼僧は掃除の合間なのか、手に箒を持っている。だが、箒を動かすわけでもなく、壁に掛けられた絵に向かい、ぼんやりと立ち尽くしていた。
尼僧の前にあるのは、彼女の肩幅ほどの幅と高さを持つ、やや小さな絵画だった。
額縁に納められ、壁に掛けられたその下には、「赤き獣と聖女」というタイトルが掲げられている。
絵に描かれているのは、地面に横たわる女性と、翼を広げた巨大な怪物の姿だった。
多少聖典に知識のある人物が見れば、その絵が黙示録に記された一節を描いたものだとわかるだろう。

「その獣、七つの頭に七つの冠と十の角を戴き、翼を広げて天に吠える。その前に倒れ伏すは、罪無き清らかなる女。獣、足下に伏す女のそのときを待ちいたり。そのとき来たらば、喰らわんとするために」

その後、「獣」は主神に力を与えられた騎士により討ち滅ぼされ、聖女は命を救われる。
この一節を題材とした絵画の多くには、獣と聖女と騎士の三者を描いていることが多い。
だが、話によれば騎士が現れる下りは、後の時代に付け足されたもので、聖女は騎士に助けられることもなくただ獣に食われるのを待っているだけらしい。
そしてこの絵画は騎士が付け足される以前に描かれたものか、画家が付け足しの事実を知っていたのか、騎士の姿は描かれていなかった。
倒れ伏す聖女と獣。その二者だけだった。それも、画面の大部分を占めているのは獣の後ろ姿で、聖女は絵画の下の方に、ごくわずかに描かれているだけだった。
「うふ・・・」
絵画を鑑賞していた彼女の唇から、小さく息が漏れた。
この教会に勤めるようになって数年が経つが、見る度に感銘を受けるからだ。
ごくわずかに描かれた荒れ地の上に、獣が見る者に背を向けて立っている。その両足は力強く大地を踏みしめ、人とほぼ同じ色合いの皮一枚下の筋肉が己の存在を主張しながら画面いっぱいに広がっている。
背筋の盛り上がる背中の左右からは両腕の代わりに、幾筋もの骨格を備えた翼が広がり、絵画の空を完全に隠していた。
大地を踏みしめる両足に、力強く引き締まった尻、両腕の代わりに翼を大きく広げる背中。それはまるで、力強い男を描いているようだった。
加えて、尻と腰の継ぎ目のあたりから延びる、足と変わらぬ太さを備えた尾は、見る者に対して否応なしにある物を連想させた。
尻尾は、広げられた足の間を垂れ下がり、足下に倒れ伏す、獣より少し小さい大きさの女に巻き付いていた。
女は、自身の腹に絡みつく尻尾には目をくれず、ただ獣の顔を見上げ、許しを乞うように頭の上で両手をあわせていた。
女はゆったりとした衣装を身にまとっており、尻尾の巻き付く腹は心なしか膨れているように見える。そうだ。彼女はその腹に命を宿しているのだ。
聖典の一節にも「獣はそのときを待つ」とあるが、「そのとき」とは彼女の腹の命が産み落とされるときなのだ。
そして、腹に宿る小さき命が産み落とされたのならば、獣はそれを食らいつくそうとしている。
その後は?
両足の間に垂れ下がり、女に巻き付く尾がなにを意味しているのかを考えれば、獣の子を宿させるという予想は簡単につくだろう。
顔こそ描かれていないが、獣の表情は歓喜に満たされているに違いない。足下の女の恐怖を啜って肥大化した、歪な悦びに。
「ふふ・・・」
目を見開き、許しを乞う聖女の表情を見ながら、尼僧は再び声を漏らした。
この女は、いったいなにを怖がっているのだろう。
確かに翼を広げる獣は恐ろしいのかもしれない。だが、その身の丈は彼女より頭一つ二つ大きいほどで、丸飲みにされるほどの体格差はない。
それに、腹に巻き付く尻尾は、彼女の腹を締めあげるわけでもなく、ただ緩やかに絡みついているだけだ。腹を締めあげて命をひり出させるわけでもなく、蹴りとばして堕胎させるわけでもなく、獣はただ静かに出産の時を待っているだけだ。
そして、彼女がこのような状況に陥っているにも関わらず、助けにもこない腑抜け腰抜けの男の子を始末し、力のみなぎる獣自身の子をはらませようとしているのだ。
獣はなんと慈悲深く、優しいのだろう。
よく見てみれば、女の表情も恐怖にひきつっているのではなく、獣に彼の子をはらませてほしいと懇願しているようにも見える。
尼僧は絵画の七割を占める獣の後ろ姿に、雄の気配を感じ、身体の芯が熱を帯びるのを感じた。
力強く、たくましく、優しい獣。
「ん・・・」
彼女は体表に溢れだした熱にこらえきれず、僧衣の上から思わず自分の乳房に手を当てていた。
ああ、できることならば入れ替わりたい。この絵画の・・・
「はい、よく
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