その日、ハークル・リェンは緊張を身に帯びながら、詰所から衛兵に指示を出していた。
彼の前に広げられたのは、かなり大きなダーツェニカの地図で、何本もの画鋲が各所に突き立てられ、色とりどりの線が引かれている。
地図にはいくつもの書き込みがされており、その一つ一つが何らかの事件を示していた。
「東地区、人員配備できました!」
「西地区、人員配備できました!」
衛兵の制服に身を包んだ男たちが、部屋を出入りしては報告をする。
そして、リェンは報告を聞きながら、手元の小さな地図に印を入れていった。
ダーツェニカの中心部の、とある建物を包囲するように、衛兵の所在を示す印が書き加えられていく。
通りや建物の屋上に、配置の報告を受けた衛兵が示され、予定通りの位置に全員そろう。
「よし…」
今日は大事な日だ。リェンはひと段落ついたことに内心胸を撫で下ろしつつ、何も起こらぬよう心中で祈った。
しかし、最近怪人どもが妙な動きをしているため、安心はできない。
おそらく、今日この場所で行われる会議を、怪人どもは狙っているのだろう。
「何も起こってくれるなよ…」
地図上の、『商工会と人間会の幹部会議』の会場を見つめながら、リェンは小さく囁いた。
その日、ロック・シトートは屋敷の一角にある部屋にいた。
書斎に隣室する、書棚に偽装された扉から出入りできる、いわゆる隠し部屋だ。
部屋の中に置かれているのは、簡単な机と椅子と、チェストとバードマンの衣装が一式である。
長年ここを掃除しているメイドでも、この部屋のことを知っている者はいない。
ロックは椅子に腰を下ろすと、壁に吊られたバードマンの衣装を眺めながら、机の上の帳面を手繰り寄せた。
タイトルも何もない、いくらか表紙に傷のついたただの帳面である。
彼は表紙を開くと、最初のページに目を向けた。そこには短く、こう記されていた。
『日誌 第1253日目
バッドヘッドが死んだ』
そのあとに続くのは、獏仮面が中心となって、世界一邪悪な頭脳の持ち主であるバッドヘッドの死についての調査の日々だった。
獏仮面は、バッドヘッドの痕跡をたどり、パイロとソードブレイカーの協力や、オケアノシアの犠牲を経て、ついにダーツェニカの地下で何かが起こっていることに気が付いたらしい。
そして、地下でバッドヘッドの身に何が起こったのか、オケアノシアが何を見たのかを確かめるため、彼は単身地下水道から地下へもぐって行ったようだ。
事実、ここ最近バッドヘッドや獏仮面の姿は確認されておらず、オケアノシアに至っては描写通りの状態で発見されている。
だが、それだけで連中を信用していいものだろうか?
バッドヘッドも獏仮面もただ潜伏しているだけで、実は何か大きな企みのためにわざわざこの日誌を作りあげたのではないのだろうか?
そんな思いが、ロックの内に浮かんでいた。
無理もない。ロックは、衛兵隊隊長であるリェンを通じて、獏仮面の住居を捜索させたが、見つかったのは最低限の家具と、大量の実験器具だった。
洗浄済みの物が棚に収められ、使用した後のそのままの物が流し台に残されていた。
ガラスの器にこびりついていた液体は、乾き、胸の悪くなるような臭いを放っていた。
検査の結果、器に残されていたのは脂肪だという。
恐らく、獏仮面は何かを用いて馬車の軸受け油のようなものを作ろうとしていたのだろう。
ちなみに、材料は不明ということになったが、生物の脳は良質な脂肪で出来ていると、研究所所長は教えてくれた。
それゆえに、ロックは疑念を抱いているのだ。そんな男が残した手記を、そのまま信じていいものだろうか。
だがその一方で、手記には異様な信憑性があった。
(完全に切り捨てることができれば楽なのだがな…)
手記が事実そのままを記録した物なのか、事実を基に完璧に構築された企みの一端なのか。
ロックには区別が付かなかった。
だが、オケアノシアは心を病んだ状態で発見され、バッドヘッドと獏仮面は行方不明、そして失踪者は変わらず出続け、ついには魔物の失踪者まで出たそうだ。
リェン隊長によれば、最近ソードブレイカーとパイロが、怪人たちを一とする犯罪者をまとめ上げ始めているらしい。
もしかしたら、本当に人々の知らぬところで何かが動いているのかもしれない。
「いずれにせよ、ロック・シトートの方でもこの問題に関わらなければいけないからな」
魔物の失踪者が出たことで、魔物たちの互助組織、人間会が商工会に事態の解決を求めている。
今日開かれる予定の会議で、正式に解決に乗り出すことになるはずだ。
「まあ、大っぴらに情報集められるようになるから、ありがたいと考えよう」
ロックは、バードマンの衣装を見ながらそう呟いた。
すると隠し部屋の扉が、外から軽くノックされた。
「ロック様、そろそろご出発の時間で
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