『日誌 第1253日目
1251日目の原料を四分割し、二つを1番と2番の鍋で濃縮、残る二つを5番と8番の抽出器で抽出。作業終了は明日の昼ごろ。
また、昨日仕込んだ1番から4番までの抽出器が作業完了。それぞれ試験してみたが、結果はいずれも三点から四点程度。
今日は東の貧民街を下見も兼ねて散策していたが、ある集合住宅の前で数人の衛兵を見かけた。
野次馬の様子からすると、どうや異臭のする一室に管理人が踏み込んで、首つり死体を見つけたらしい。
その部屋に住んでいたのは老人に足を踏み込みつつある壮年の男で、死体の特徴もその男の物のようだ。
老人が自殺する街は遠からず滅ぶという。くだらない。
このダーツェニカはすでに滅んでいるのだ。
大陸中の金品の情報が集められ、ダーツェニカを通ることなく街道を通じて方々へ送り出されていく。魚や野菜と言った日持ちのしない品物も、商人同士の約束と金のやり取りにより、数年先まで売買契約が成立している。
商都ダーツェニカと呼ばれたこの街を支えるのは、品物の存在しない商取引である。
二年後の麦を売りさばいて財を成した男が、去年売った麦を用意することができず破滅する。
持つもの同士が己の欲しい物を求めるという単純な商取引はもはやこの街には存在しない。あるのは未来の商品と過去の約束、そして現在の金だけだ。
現在の状況を整理するだけでも一苦労だというのに、未来の悪霊と過去の亡霊まで相手に出来る者がいるだろうか?
いない。居たとしても、それは相手にしていると思い込んでいる愚か者か、狂ってしまった者だろう。
事実、この街には狂人が溢れている。狂わなければ、生きていけないのだ。
そして今日もまた、狂いきることのできなかった男が一人、己の手で死んだ。
男の名は、ケイル・O・ブリビオンと言ったが、担ぎ出される男は、私にとってはドクターバッドヘッドの名の方が分かりやすかった。
今日書くべきことはたった一言だ。世界一邪悪な頭脳の持ち主が死んだ』
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有名人であるかそうでないかの境界は、己の名を知る人物の数が、自分の知ってる人間より多いかどうかというところにあるという。
イコンにとっては、イコンの名を知るのは彼の住処の近辺の住人ぐらいのものだ。
両親を一とする、既に死別した親族や部族の者たちも加えれば、彼の名を知るものの数は増えるが、同時に彼が名前を知っている人間も増えてしまう。
だが、彼につけられたもう一つの名を合わせて考えれば、イコンはこのダーツェニカに置いては有名人であった。
火災人パイロの名を知らぬ者は、ダーツェニカにはほとんどいないからだ。
「はぁ、はぁ…」
ダーツェニカに広がる路地裏の一角に、イコンは荒く息をつきつつ、壁にもたれかかるようにしながら立っていた。
どこかで奉公している少年風の衣服をまとっており、先ほどまで着ていた砂漠の民の衣装は傍らの肩掛け鞄の中にしまっている。
傍目には、お使い仕事で駆けまわって息が上がり、少々休憩しているだけにしか見えないだろう。
だが、そうではないことは彼自身が理解していた。
彼の視線の先、建物と建物の合間にのぞく青空に、黒い煙が上がっていた。
少し鼻に意識を向ければ、何かが焼ける臭いも感じられるだろう。
それもそのはず、ここからほど近い建物が燃えているのだ。
イコンが少量の油を撒き、故郷の砂漠から彼に付き従っている炎の精霊に発火させたのだ。
小さな火はイコンの計算通り燃え広がり、建物の一階を炎で包囲してから、徐々に二階より上を炙り始めた。
ある程度延焼するのを見届けると、イコンはその場を離れてこの路地裏に引っ込み、立ち上る煙を見ていた。
パイロとして幾度となく放火を繰り返し、火が建物を舐めつくしついには崩す様を見届けた彼にとって、最初の燃え広がりと煙さえ見えれば、今建物がどれほど燃えているかを知るのはたやすいことだった。
同時に、建物の中で炎に包まれ、悶える人々の姿も彼の脳裏に浮かび上がっていた。
「はぁはぁ…」
イコンの身体を、炎の中にいる人々が味わっているであろう悦びが、舐める。
熱く、一切の硬さを持たない炎が、身体をくすぐり肌を焦がし、直に肉を愛撫する。
文字通り身を焼くような快感が、彼の脳裏にいる人々を身悶えさせ、その場に崩れ落ちさせていく。
拝火教徒にとって炎は全てだ。炎によって土と風と雨雲が生まれ、土と風と雨から木が生え、木から炎が生じる。
全ての始まりにしてすべてが最後に行くつくば署に存在する炎に身を焼かれることこそ、巨大な輪廻の車輪に身を投じることと同じなのだ。
拝火教徒であるイコンは、その輪廻の輪に加わるのは最期を迎えてからだと定められていた。
だが、イコンの炎の輪廻に対する欲求は抑えがたく、こ
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