夜に跳ぶ(飛ぶ)鳥

ダーツェニカの夜は、場所によっては明るい。
歓楽街などがいい例だ。金の入った傭兵や、取引を成功させた商人が集うそこでは、毎日祝杯が交わされる宴が開かれていた。
そして歓楽街に並ぶ酒場の一つでも、例外なく傭兵たちが騒いでいた。
仲間同士で言葉を交わし、料理を抓み、ジョッキを傾け、馬鹿笑いをする。
ダーツェニカまでの護衛任務をやり遂げた彼らの懐には、ひと月は仕事をしなくてもいいほどの金貨が詰まっていた。
そして、彼らの宴から取り残されたように、酒場の隅の一角に一人の男が座っていた。
料理を抓み、飲み物の入ったグラスを傾ける、軽装鎧を身に着けた傭兵風のその男は、宴を開いている連中の仲間ではなかった。
ただ、傭兵たちが騒いでいる一角で普通に食事をしている、と言った様子だ。
だが、静かにしていても、酔っ払いの気に障る場合があった。
「おいィ〜そこのぉ〜」
傭兵の一人が、店の隅に腰を下ろす男に目を止め、指さしつつ声を上げた。
「おめえ、なんでンなにつまらなさそうにしてるぅ〜?」
椅子から立ち上がり、おぼつかない足取りで近づきながら、傭兵は男に絡んだ。
しかし男は、答えることもなくちらりと傭兵の方を見ると、手にしたナイフで肉を切り、フォークで口に運んだ。
「てんめ、聞いてんのかァ!?」
無視されたと感じ、傭兵が怒る。
そしてカツカツと、左右に揺れながらも早足で男に歩み寄ると、握った拳でテーブルを叩いた。
皿が一瞬浮かび、グラスの中身が大きく揺れる。
「お前、俺達を誰だと思ってんだァ?俺たちはな、あの…」
「頼むが静かにしてくれないか。俺はこれから仕事だ」
「なんだとぉ!」
男の言葉に傭兵は、腰に差していた剣を抜いた。
「貴様もう一度行ってみやがれ!!」
「ありがとう」
男が座ったまま、傭兵を見上げて言った。
「は…?」
男の言動に傭兵は、疑問符を浮かべるほか何もできない。
すると次の瞬間、男の右腕が動いた。
皿の上から、男をかすめるようにして、切っ先が天井に向けられる。
最も、酒場の傭兵たちは男のナイフの動きを捉えることは出来ず、高々と掲げられた男の右腕から、そう動かしたのだと後から気づいた。
「そっちまで歩く手間が省けた」
「はあ?どういう…」
傭兵の言葉半ばで、男が剣を握る右手の肘と手首の間の辺りを境界に、衣服や手甲ごと腕がずれた。切断されたのだ。
そして、切断された腕が断面から離れぬうちに、男の左手が剣を握った。
そこでようやく傭兵は、男の言葉の意味を理解した。
男は、剣が必要だったのだ。
そこまで考えたところで、傭兵の目の前でナイフと剣が舞い、彼の意識は断ち切られた。
「うわああああっ!」
仲間と男のやり取りを見ていた傭兵たちが、男の目の前で文字通り粉々になる傭兵の姿に声を上げた。
傭兵だったものが崩れ落ち、酒場の床板にぐちゃぐちゃと叩き付けられていく。
その音が止まぬうちに、男は傭兵たちの下へ滑るように移動した。
「っ!」
とっさに傭兵の一人が身構え、腰の剣を抜こうとした。しかし刀身の半分、いや四半分も鞘から抜かぬうちに、男の左手の剣が横薙ぎに振るわれ、剣を握る手ごと胴を両断した。
男は右手のナイフを手放すと、ゆっくり傾く男の右手から剣を奪った。
切っ先を地面に向けるようにして奪ったそれを、手の中で半回転させ順手にする。量産品の長剣が二振り、男の手に納まった。
傭兵たちは、男の手に納まる見慣れているはずの安物の剣が、猛獣の爪のように見えていた。
無理もない。目の前で二人の人間が立て続けに粉々にされたのだ。
「……」
「ひっ…!」
男が無言で目を向けると、傭兵たちは剣を抜いて構えた。
それなりに経験を積んでいるはずの彼らだが、切っ先は細かく震えている。
すぐにでも逃げ出したい心中を、剣を構えることで強引に抑えているようだった。
男は傭兵の一団に向けて、足を踏み出した。



酒場から男が出てきたのは、数分後のことだった。
木製の扉が突然ばらばらと崩れ、両手に剣を握った男が、木片を乗り越えて外に出る。
彼の丈の長い外套には、赤い液体が染みを作っている。
そして扉を失った酒場の出入り口の向こうは、鮮やかな赤と生臭い鉄の臭いに満たされていた。
「おい、あれなんだよ…」
「ちょっと…今の見たか…?」
突然崩れた扉と臭い、そして両手に剣を携えた男の姿に、道を行き交う酔客の声が響く。
男は立ち止り、あるいは歩きながら自身に視線を向ける通行人をぐるりと一瞥した。
「…なあ、あれってもしかして…」
辺りを見回す両手に剣を携えた男に、通行人の一角から声が漏れた。
だが、男は構うことなく、通りに足を踏み出した。
「ソードブレイカーじゃ…ないか…?」
通行人の台詞が虚空に消え、男が手にした刃を構えた。
直後、男の体が滑るように移動し、通行人の一人の前で剣
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