円卓は静まり返っていた。
椅子に腰かけるのは、いずれも三角の帽子を被った、見目幼い少女たちだ。
彼女らの後ろには、いくらか歳はばらついているが男が控えている。
円卓に着く少女たちは魔女で、その背後に控えるのは彼女らの「お兄ちゃん」であった。
彼女らはサバトに属する魔女で、サバトの長であるバフォメットの指揮の下、魔王に従いサバトの教義を広めるべく暗躍していた。
今日はひと月に一度開かれる、サバトの報告会議だった。各人が自らの業績や研究を発表し、意見を求めるのがその狙いだ。
普段ならば、開会の前は魔女たちで雑談を交わし、簡単な近況報告も行っている。
しかし、騒がしいはずの円卓は完全に静まり返っていた。
それは、彼女たちの間に流れる一つの噂に原因があった。
曰く――サバトの長たるバフォメットが、重大な背信行為を行った――
魔女がサバトの教えに背けば、旧魔王の時代ならば死と苦痛を持って償わなければならないだろう。
未だ背信者が出たことはないが、新魔王の時代からも背信行為に対しては、身分の剥奪やサバトからの追放、そしてバフォメットが魔女に貸し与えていたモノを取り立てるなどの恐ろしい処分が待っている。
バフォメットは母、魔女は娘、サバトは家族。
魔女たちにとって、居心地の良いサバトを裏切ることは無かった。
だが、バフォメットが裏切った。
魔女たちを率い、サバトを治め、背信者には直接手を下すはずのバフォメットが裏切ったのだ。
勿論それは噂に過ぎない、と一笑に付することもできる。はずだった。
しかし、円卓に着いた瞬間、笑って噂に対する不安を打ち消すはずだった魔女たちの表情は強張った。
バフォメットにほど近い、幹部格の魔女たちの表情に、怒りが刻み込まれていたからだ。
悲しみと同居する怒り、ただ燃え上がる怒り、その奥底に殺意を滲ませる怒り。
さまざまな種類の怒りを抱く幹部の姿に、魔女たちは噂の真偽を問いただすこともできず、円卓を困惑顔で囲むほかなかった。
沈黙が円卓を支配する。
耳を貫き、脳髄を掻き回し、大声を上げて打ち破りたくなるような沈黙。
知る魔女は怒りをにじませたまま椅子に腰かけ、知らぬ魔女たちはただ身を縮ませながら沈黙に耐え、男たちは主を困らせぬよう身を強張らせていた。
そして―
そしてどれほど立っただろうか、永遠にも思える間を挟んで、円卓の置かれた部屋の扉がようやく開いた。
「おう皆の衆、待たせたの」
どこか嬉しげな気配を孕んだ、気楽気な声音とともに、円卓を囲む最後の一人が部屋に入った。
「ああ、間に合うかと思ったのだが、やはりもう少し早い時間に出るべきだったなあ。こう、重りがついたおかげで、進まん進まん」
魔女たちの視線を一身に受けながら、バフォメットは円卓に歩み寄った。
絨毯の上を進むバフォメットを見つめる魔女たちの表情は、二種類に分かれていた。
一つは憤怒。もう一つは驚愕。
だが、彼女が一歩また一歩と自らの椅子に歩み寄るにつれて、驚愕が薄れて憤怒に塗りつぶされていく。
知らぬ魔女たちが、バフォメットの裏切りを理解したからだ。
「はあ、やっと着いた。ああ、重いのぅ」
視線で相手を殺せるのなら、この場にいる魔女全員から殺されるほどの鋭い視線を一身に浴びながら、彼女は円卓の自身の席の傍らに立った。
歩みを止めたおかげで、彼女の胸元の巨大な塊が、たぷんと揺れた。
「さあて、と…と!?」
椅子に腰を下ろそうとした彼女が、不意に声をあげる。
「な、何じゃこの椅子は!」
立ち上がり、ぶるんと胸元の塊を揺らしながら、彼女が椅子の方に向き直った。
「椅子が高すぎて、座れんぞ!?ああ、儂が大きくなったせいか、いかんいかん。わっはっは」
そう、ねじれた角を側頭部から生やした、乳房の大きな長身の美女は笑った。
「がぁぁぁぁぁ!!」
突然、バフォメットの隣の席についていた魔女が頭を抱え、絶叫しながら立ち上がった。
「何じゃ、騒々しい」
毛皮の手袋で覆ったようなすらりとした腕を椅子にかざして、足を縮めて適度な高さに調整しながら、長身のバフォメットがその整った細面をしかめる。
「何じゃ、じゃありません!むしろこっちがマスターの変貌がなんじゃです!」
こめかみに青筋を浮かべながら、バフォメットの側近の魔女がまくしたてる。
「我々はサバトですよ!?なんですか、その乳と尻と足と…なんというか、全部!」
「ふふふ、なかなかよかろう?」
魔女の指摘にバフォメットは笑みで返すと、適度な高さになった椅子に腰を下ろした。
「ふぅ、よっこらしょっと」
胸部にくっついていた、片方が人の頭はあろうかという巨大な乳房を円卓に乗せると、彼女は一息つく。
「あ〜あ、楽だなあ」
「ウンガァァァァアアアアァァァァッ!!」
立ち上がった魔女が、吠えながら激しく頭を上下に振り、額を円卓の縁に
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