鬼が来たりて太巻きを食う

「福は―内!鬼も―内!」
毎年豆まきの際、私は一抹の期待を込めて掛け声を変えている。
どこからも追い払われた美人でかわいらしい鬼娘が、私の掛け声につられてコロリと転げこんでこないかと待ち構えているのだ。
だが、この独自行事を十数年近く行ってはいるが、未だに鬼娘が転げこんでくる気配はない。
しかしやめるわけにはいかんのだ。鬼娘が私の掛け声につられて転げこんでくるまで。



「福は―内!鬼も―内!」
そう掛け声を上げながら、私は落花生をほどほどにばらまいた。
撒いた豆を後で拾って食べるのは抵抗があるが、落花生なら殻をむけばそのままいけるからだ。
それに私は落花生が好きだ。
「福は―内!鬼も―内!」
寝室からつつましく数粒の落花生をばらまきつつ、台所や窓際を回り、居間の炬燵の上に一粒放って、玄関に至る。
そして玄関を細く開け放って、近所迷惑にならないよう一粒だけ玄関先に落花生を放った。
期待を込めて、しばしの間玄関を開けたままにする。
だが、薄く開いた扉からは冷気が流れ込むばかりで、鬼娘が入ってくる気配はなかった。
「…だよなあ」
私は小さくつぶやくと、扉を閉めて鍵を掛け、玄関から離れた。
やはり、そんな都合のよいことはそうそうないのだ。
内心の寂しさと虚しさをこらえながら、洗面所を通り過ぎ居間に戻った。
すると、炬燵に小さな人影が入り込んでいた。
赤い肌に、背中の半ばに届くほどの黒髪の間から角をのぞかせる、虎柄の袖なしワンピースのような衣装を纏った女の子だった。
「おう、勝手に上がらせてもらったぞ」
「鬼娘だ!ウヒョおおおお!」
私は炬燵にあたる彼女を確認するなり、落花生の袋を放り出してその場で小躍りした。
「おい、何でワシがここにいるのか、とかそういうのはいいのか!?」
「別にいいよ、とは言わないけど『この家だけが鬼は外をしなかった!』とかそういう理由で上がり込んだって予想がつくよ!
イェーア!イェーア!」
積年の願いがかなったことに対する喜びと、人外少女が家に押し掛けるイベントの神様への感謝を表す踊りを続けながら、私はそう答えた。
「まあ、おおむね正しいが、少々違うところがあるな。勝手に上がらせてもらった上、ピーナッツも喰った礼だ」
「お礼!?お礼してくれるの!?サンキュー神様!」
「いろいろ教えてやろう」
「すげえや!向こうから手取り足取り教えてくれるだって!」
経験豊富な異性に手ほどきを受けるシチュの神様に、私は感謝をささげた。
「まず、ワシがこの家に上がれたのは、そもそもこの家の結界が弱まっていたからだ。結界と言うのは、毎年節分に豆を撒く、あの行為によって張られるものだ」
「なるほど、豆撒きの解説から『と言うわけで豆撒きは大事なんだ…んっ、そこは違う豆じゃ…』に持ち込むのか!」
「そもそも豆撒きの由来は数百年前、安部晴明の時代にまで遡る」




人の手による光がまだまだ弱々しく、昼と夜が明確に分け隔てられていたあの時代、鬼は京の都を跋扈し、己の欲の赴くまま暴れまわっていたそうな。
並ぶ家々は打ち壊され、夜に出歩けば男は真っ二つ、女は連れ去られ、牛や馬はその場で喰われていた。
見張りの兵士を立たせれば、翌朝には兵士が死体となる。
徒党を組んで見回りをすれば、翌朝には見回りをしていた者たちの首が往来に並べられていた。
困り果てた時の帝は、陰陽師の安部を呼び寄せ、都を跋扈する鬼どもをどうにかするよう頼み込んだそうな。
安部は帝の命を受けて、酒を一樽用意すると見晴らしの良い往来へ向かい、そこで日が沈むのを待った。
やがて赤く染まった日が地の果てに沈み、僅かばかりの残効さえもが消え去り、辺りが夜に包まれる。
するといずこからともなく表れた鬼が、安部に気が付き彼奴を取り囲んだのだ。
そして彼の脇に置いてある酒樽に気が付き、鬼たちは安部を肴に酒盛りをしよう、と盛り上がった。
だが、そこで安部が声を上げた。「少し待ってほしい」と。
その後、彼奴が何を語り、如何にして鬼たちを押しとどめたかはもう分からない。
ただはっきりしているのは、鬼たちと安部が意気投合し、その場で肴もなしに酒盛りが始まったことだ。
鬼たちと安部は語り合い、笑い、歌い、酒樽を空にした。
やがて東の空が白み始めたころ、腰を上げて帰ろうとする鬼たちに向けて安部は一つの約束を取り付けたそうだ。
その約束とは、
『次の酒宴は肴も酒も、もっと用意しよう。だから準備をする間は大人しくしていてほしい』
というものだった。
鬼たちは安部の申し出を快諾し、次の酒宴がいつかを聞いた。
すると安部はうむ、と頷いてからこう答えたそうな。
『地面に撒いた煎り豆が芽を出すころだ。毎年豆を撒くから、芽が出るまで待っていてくれ』




「と言うわけで鬼たちは今でも安部のヤツの約束を守り、毎年撒か
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