エルンデルストに住むようになって三日経った。
俺はその日も、村で飼われている雄鶏の声によって目を覚ました。
「ふぁ・・・」
俺は小さく欠伸をすると、二度寝の誘惑を追い払いながらベッドを出た。
『んー?もう朝ー?』
服を着ていると、小屋の屋根を支える梁の上から少女の声が届く。
「別に寝てていいぞ。昨日も夜更かししたんだろ」
『んー。そうするー』
梁の上から白い腕が伸び、二三度揺れると引っ込んでいった。
そして遅れて、小さな寝息の音が響いてくる。
「・・・・・・」
俺は同居者の二度寝を少々うらやましく思いながら、木桶を手に小屋の戸を開いた。
かすかに覗く朝日と共に、ひんやりとした清浄な風が小屋の中に吹き込む。
「うぅ・・・寒・・・」
俺は小さく呟きながら戸を閉めると、村の中心部にある井戸の方へ向かっていった。
村での一日は、井戸まで水汲みに行くことから始まる。
以前はこの村の側を流れる濁った川の水を汲み、一昼夜置いてその上澄みを使っていたらしい。
エルンデルストを話の上でしか知らなかった頃は、川があるのに井戸を掘る必要があるだろうか、と思っていたのに、数日暮らすだけでそのありがたみが身に染みる。
「おう、おはようさん」
「あ、おはようございます」
井戸までの道中、他の村人と挨拶を交わす。
そこには既によそ者に対する不信感などは無い。
俺を受け入れたのか、俺を紹介したあの三人が信頼されているのか。
どちらにせよありがたいことだ。
そうこうしているうちに、井戸にたどり着く。
俺は雨除けを兼ねた屋根の下に入ると、ロープを巻き上げて井戸水をくみ上げ始めた。
「よーう、おはよう」
水を汲む俺に、声がかけられた。
手を止めて顔を上げると、木桶を手にした四十前後ほどの男が立っているのが目に入った。
「ああ、おはよう、ソクセン」
俺を村人に紹介し、住居やら何やらの世話をしてくれた三人のうちの一人に俺は挨拶した。
「村の生活はどうだ、慣れそうかい?」
「ああ、村の皆も親切だし、うまいことやっていけそうだ」
「そりゃ良かった」
水汲みを再開しながら、俺は彼と言葉を交わす。
「ところで、さっきヨーガンが用事があるとか何とか言ってたぜ」
「用事?」
何のことだろうかと思いをめぐらすが、心当たりは無い。
「今日の予定は町まで行って仕事を取ってこさせるんだったが、昨日マティちゃんの話を聞いたらしくてな」
「話、というと?」
「死霊使いのゾンビ相手に碌に何も出来なかったこと、だ」
「あいつ・・・」
ニヤニヤするソクセンの前で、俺は溜息をついた。
「話は聞いた。お前は弱い」
村はずれの小屋に向かうと、入り口にヨーガンが立っており、開口一番そう告げた。
「・・・・・・いきなり言わなくてもいいじゃないか・・・」
「マティ君からの伝聞だったが、正確だったようだな」
いきなりへこまされた俺を見ながら、ヨーガンは続けた。
「とにかく、今のままではいざというとき何の役にも立たない」
「自覚はしてるんだから、そう言わなくてもいいじゃないか・・・」
的確すぎる事実の指摘によろめきつつも、俺は抗議の声を上げた。
「自覚はしている、といった所でお前が弱いことに変わりは無いだろう。我々が必要なのはそこそこの戦力だ。ゾンビ一体碌に相手も出来ないとは思わなかったがな」
ヨーガンは容赦なく俺に攻撃を続ける。
「そもそもお前と取引をしたのは、お前の旅の経験を買ったからだ。お前が弱いままならば、取引も白紙に返させてもらう」
「そんな・・・」
「だが、安心するといい。チャンスはある」
彼は腕を上げ、小屋の裏側にそびえる山を指差した。
「あの山にお前を訓練してくれる者がいる」
「山に?」
「ああ、山には少々事情があって村に住めない者達がいてな、その一人だ」
ヨーガンは腕を下ろし、視線を俺に向ける。
「とりあえず、そこでしばらく経験を積むといい。全てはその後だ」
「はぁ・・・」
「話はズイチューを通してつけてある。地図はこれだ」
彼はそう言いながら、紙切れを取り出してきた。
エルンデルストを囲む山はいずれも低く、そう険しいものではなかった。
俺は簡単な荷物と共に、地図に示された僅かな獣道を歩いている。
ヨーガンが言うには、朝に出れば昼までに二往復できる程度の距離に、その人は住んでいるらしい。
しかしそれでも斜面を歩き続けるというのは辛いものだ。
「はぁはぁ・・・おっと・・・」
生い茂る木々の向こうから、不意に大きな岩が姿を現した。
俺は背嚢から渡された地図を取り出すと、岩の場所を探った。
「ええと、大岩に出たら右に曲がって・・・」
と、その時位置を確認する俺の耳を、草の揺れる音が打つ。
突然の物音に、俺はとっさに音の源へ身を向けた。
「・・・・・・あら・・・?」
俺の視線の
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