殻の中の小鳥

寒空の下、私は一人薄暗い街角にたたずんでいた。
そこは表通りと裏通りを繋ぐ路地のような場所で、私から少しはなれたところを多くの人が行き交っていた。
皆、上等な外套に身を包み、襟を立てて背中を丸めながら、それぞれの目的地へ急いでいた。
「・・・寒い・・・」
彼らの装いに、私は頭から追い出していた寒さを思い出し、小さく身体を振るわせた。
肩から薄汚れたケープを羽織っているものの、前は大きく開いている。加えて、仕事上の必要性から、私が来ているのも胸元が大きく開いた、やや薄手の服だ。
身体のラインが良く浮かぶが、この季節には全く向いていない。
このまま回れ右して戻り、すぐそこにある安宿の寝床に戻りたい。だが、それは絶対に出来ない相談だった。
私の背後、すぐそこにある安宿の窓の一つから、男が見張っているのだ。
私が逃げないように、私がちゃんと仕事をするように、だ。
ここで、私が安宿に引き返そうとしようものなら、安宿の玄関にたどり着く前に彼が飛び出してきて、私を痛めつけるだろう。
「っ・・・」
ちょっとした想像に、右脇腹が微かに痛んだ。私がこの街に着たばかりの時、彼に蹴られたときの傷だ。
そういえば、この街に来てからどれぐらい経ったのだろう。この、ダーツェニカの街に来てから。
「・・・あ・・・」
少し昔を思い返そうとしたとき、私の目の前を白いものが降りていった。
顔を上げてみれば、灰色がかった黒い雲から、白いものがちらほらと降りてくるのが見えた。
「雪・・・」
呟きと共に掌を差し出してみれば、降りてきた雪が肌に触れ、すぅっと溶けていく。
ゆっくりと舞い降り、儚く溶けていく、美しい雪。だが、その美しさと裏腹に、冷気は確実に私の体温を奪っていく。
それが、二度の冬で私が学んだことだ。
「・・・そうか、もう三年目なんだ・・・」
私の故郷では雪が降らなかったから、三度目の雪はそのまま私のこのダーツェニカという街で過ごした時間になるわけだ。
路地に入ってきた男と交渉し、そのまま物陰に入って相手をする。そんな日々を繰り返しているうちに、もう三年も経ってしまったのか。
「・・・帰りたいな・・・」
どうせ叶わぬ願い事と頭では理解しているが、そんな囁きが思わず口から零れてしまった。
私は軽く頭を振ると、下らない願望を頭から追いやった。
とりあえず、今日の分を稼がなければ痛めつけられてしまう。早いところ客を見つけないと。
私は顔に垂れた髪を掻き上げた。長く尖った、冷え切った私の耳が、掌に触れた。



――――――――――――――――――――


私の故郷であるエルフの里は、大陸の南東部の森の深くにあった。人里との交流はおろか、外部へ続く道はなく、狩猟で細々と暮らしていた。
幼い頃は、何の疑問もなく日々を受け入れていた。が、ある年齢になったところで任される、見張りの仕事から私は故郷での日々に疑問を抱くようになった。
見張りは、里を中心とするある程度の広さの円の縁を、仲間と二人で見て回るというものだ。そして、円に近づく人間がいれば、一人が弓と魔法で脅して追い返し、もう一人が報告の為里へ走るのだ。
当時、私は里の大人たちから、人間は魔物に劣らない邪悪な種族で、隙あらば森を侵して土地を汚そうとしているのだと教えられていた。
私は大人たちの言葉を信じ、里を囲む円に近寄る人間を脅して追い返していた。
ある時は木々に願い、風に語りかけ、何か恐ろしいものの叫び声のような音を出して脅かした。
またある時は、木々の合間を縫って矢を放ち、怪我をさせて追い返した。
その結果、人間が深い穴のある方向へ進もうとも、怪我が原因で身動きが取れなくなって森の獣に襲われようとも、私は気にしなかった。あの日までは。
あの日、いつものように仲間と二人組みで見張りをしていたところ、人の気配と共に血の匂いが私の鼻を衝いたのだ。仲間を報告のために村へ走らせ、私は弓に矢を番えながら、そっと人間の様子を探った。
木々の合間から見えたのは、皮の鎧を纏った男だった。最も鎧は半分壊れており、覗く地肌には幾つもの傷が刻まれ、血を流している。彼は木の根元で幹に背中を預ける用意して座り込んでおり、ゆっくりと呼吸を重ねていた。
私は、彼のまるで喘ぐような呼吸の仕方に、彼がそう長くないことを悟った。そして、いつでも射放てるよう引き絞っていた弓を緩め、矢を矢筒に戻して、男のところへ歩み寄っていった。
「大丈夫?」
彼は、私がすぐ傍に歩み寄っても気が付く様子もなく、私が掛けたその声に、ようやく顔を向けて反応した。
しかし、その両の目はどこも見ておらず、何も見えていないことが分かった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
彼は私の問いに返答を返すことなく、走って乱れた呼吸を落ち着かせようとするかのような、ゆっくりとした呼吸を繰
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