狭く、暗い空間に、俺は伏せていた。左右と上下の幅は俺の肩幅より少し広く前後に長い。閉所恐怖症の人間ならば息が詰まってしまうだろう。
俺はそんな中を、腕と膝を石造りの床面に突き、這いずるようにして進んでいた。
「息苦しいかもしれんが、我慢しておくれ」
前方から、いくらかくぐもった女の声が響く。
いつの間にか身体を支えながら這い進む両腕に落としていた視線を上げると、俺より少し先のところに包帯のような布できっちり巻かれた二本の脚と、それに続く尻が目に入った。
「あの犬コロのいいところは、ミイラの行動を時間で区切っているところじゃ。この時間帯は家具倉庫ががら空きになるんじゃが、そこまでの通路にミイラが来るんじゃよ。じゃからこうして通気孔を通るしかないんじゃよ」
「大丈夫だ、このぐらい慣れている」
通気孔を這い進むのに合わせて左右に揺れる、ハプトネシェプスの尻に向けて、俺はそう返した。
「苦労をかけてすまんのう。じゃが、家具倉庫に次のドラまでに着けば、作戦が実行できる。やり方は思い出せるな?」
「ああ」
俺は頭頂に突き刺さり、時折通気孔の天井に擦れる金属の器具を意識する。
砂に埋もれた遺跡の盗掘に来た俺に、この遺跡の本来の主であるハプトネシェプスが打ち込んだ魔術器具、王の冠だ。
これには、彼女の夫だった人物の記憶や知識が刻み込まれている上、ある程度のミイラに対する操作能力も備えている。
ハプトネシェプスはこれを使って、ミイラ操作器具である王の杖でこの遺跡を支配するアヌビスから、遺跡を取り戻そうという魂胆なのだ。
盗掘者の俺としては、うまく立ち回って漁夫の利を得るように仕向けるべきなのだろうが、俺には彼女に匿われた恩がある。それに、彼女の境遇を聞かされた以上、拒否することなどできそうになかった。
ああ、可愛そうなハプトネシェプス。
「止まれ」
不意に彼女の声が響き、揺れながら前進していた尻が止まった。
見ると、通気孔の出口に近いらしく、彼女の尻が通気口から差し込む光を受けて後光が差しているようになっていた。
「よし、やはり誰もいないな」
直後、がちゃんという金属音が響き、彼女の尻が光の中へ消えていった。
家具倉庫へ這い出て行ったのだ。
「大丈夫か?」
すぐに彼女は床に屈み、通気口から俺を覗き込んだ。
口元こそ包帯に覆われているが、そこに浮かんだ感情は読み取れる。
「大丈夫だ」
俺はそう応えると、彼女に続いて光の中へ這い出て行った。
――――――――――――――――――――
「・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・」
私は集中を解くと、握っていた杖から手を離した。
私の支配下にある、遺跡のミイラたちに対する命令がひと段落着いた為だ。
これで、しばらくの間は私の命令がなくとも、ミイラたちは黙々と仕事をこなすだろう。自分の居室に戻れば、時計の歯車のように一分の狂いもなく広間を行き交う様が、窓から見下ろせるだろう。
だが、私にはそんな分かりきったことを確認する気はなかった。
杖を執務机に置き、軽く伸びをする。黒く柔らかに覆われた両腕が頭に当たり、肩回りの強張った筋が引き伸ばされる。
「んんー、ん・・・」
肺から絞り出された呼気が鼻へ抜け、低いうめきを響かせた。
「っはぁ・・・」
私は伸びを解くと、全身を脱力させた。
連日の執務で固まっていた筋肉が解れるのは心地よいが、いくらかの不満は残る。
やはり、疲労を取るには、専門のものに任せなければ。
「さて、行くか」
私は机の上に置いていた杖を手に取ると、椅子から立ち上がり、執務室を出た。
同時に、執務室の窓からドラの音が飛び込んだ。予定通りの時間だ。
そして、私はマミーの行き交う遺跡の通路を通り抜け、目的の一室にたどり着いた。
入り口に垂らした布を手で持ち上げてくぐると、大きな平たい籠と部屋の中央に置かれた石の台、そして台の上の壷が私を迎えた。
「お待ちしておりました」
布をかけられた台の傍らに並んで立つ三体のマミーが、一礼と共にそう告げる。
いずれも他の場所で労役に就いているのと同じごく普通のマミーだが、その両肘から先は包帯に覆われておらず、張りのある褐色の肌を晒していた。
「いつものように頼む」
「はい、かしこまりました」
「では着物をお預かりいたします」
マミーの二体が歩み出て、私の傍に立つと、彼女らは私の衣服に手をかけた。
私は彼女らに身を任せる。マミーの手が装身具を外し、衣服を脱がすのに合わせ、手を上げ脚を上げていくうちに、私は一糸纏わぬ姿になっていった。
「こちらへどうぞ」
二体のマミーが私の衣服を皺にならぬよう気をつけながら籠に収める中、台のそばに立っていたもう一体がそう告げた。
私は台に歩み寄ると、布を被せられたその上にうつぶせに横たわる。
「始めさせていただきます」
マミ
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