残され女王の復讐前夜

最初に目に入ったのは、石で出来た天井と壁だった。
すぐに俺は、自分が石造りの部屋の中央に仰向けに寝かされていることを悟り、同時に両手を拘束されていることに気が付いた。
顔を右に向けてみれば、手首に巻きつく金属の枷と、縦長の穴が開いた石の壁、そして穴の向こうから差し込む光が見えた。
何でこんなことに?
胸中を疑問が去来するが、すぐに思い出せた。
俺は大陸の南方、砂漠に眠る遺跡の一つを仲間と共に盗掘しようとしていたのだ。だが遺跡の真上、砂の中から僅かに覗く建物の群れにたどり着いた辺りで、突然砂中から飛び出したマミーの一団に襲われた。俺は仲間と共に必死に逃げようとしたが、砂から突き出した岩の陰に回りこんだところで足元の砂が崩れ、飲まれてしまった。
そして、目を覚ましたらここに居たというわけだ。
「おお、目を覚ましたか」
左から聞こえた女の声に、俺は顔を反対に向けた。
するとそこには、扉も何もない直接通路に繋がった出入り口と、その傍らに置かれた椅子に腰掛ける女の姿があった。
女は全身に包帯のような布を巻きつけた、目元や肩から褐色の肌を覗かせ、頭に装飾の施された金色の金属の輪を載せている。僅かに覗く肌の張りや、布越しに浮かび上がる身体の起伏からすると、どうやら若い女らしい。
だが、彼女の特徴は同時に俺に恐怖をよみがえらせた。
「マミー・・・!」
「ああ、大丈夫じゃ。妾は他のミイラどもとは違う」
彼女は害意がないことを示すように、指を広げて軽く振って見せた。
「その証拠にほれ、お前が上で会ってきた連中とは違って、話をするじゃろう?」
「え?あ?・・・あぁ・・・」
彼女の言葉に、俺は恐怖から混乱、そして平静へと徐々に思考を移りかえた。
「どうじゃ、落ち着いたか?」
「あ、ああ・・・」
「これから枷を外すが、決して逃げようとするなよ。よいな?」
「分かった・・・」
彼女の念押しに頷くと女は立ち上がり、俺が横たえられている台に歩み寄った。包帯の巻かれた指が、俺の手首にまきつく枷に触れ、カチャカチャと音を立てる。
するとすぐに、枷が外れた。
「待っとれ、反対も」
台の反対側に回り込むと、彼女は同様に枷を外した。
「どうだ、起きれるか?」
「ああ、何とか」
俺は彼女に手を取られながら、台の上に上体を起こし、丁度腰掛けるような姿勢をとった。
「ええと、まずはその、助けてくれてありがとう」
微かに赤い痕の残る手首を擦りながら、俺は台の傍らに立つマミーにそう礼を告げる。
「ほう、礼儀がなっとるな。我が居城に忍び入ろうとした盗人とは思えんぞ」
包帯に覆われた口元を小さくゆがめながら、彼女はそう返す。
「我が居城って・・・!俺の仲間は!?」
マミーの登場によって意識の果てへと追いやられていた記憶が、ようやく引き戻された。
だが彼女は、台から立ち上がろうとする俺の肩に手をやると、その細腕からは想像できない力で押し留めた。
「静かに。悟られる」
彼女は口元に立てた人差し指を当てると、低い声で続けた。
「お前の仲間は、そこの窓の下にいる。見てもいいが、声を出さず、あまり身を乗り出さないと約束するか?」
「・・・ああ・・・」
彼女に引き摺られるように、低い声音で応えると、彼女は小さく頷いた。
「ならば、台から降りて壁に身を寄せろ。そしてそっと覗くのじゃ」
俺は言われるがまま台からそっと降りると、壁に背中を張り付けるようにして身を寄せる。
そのまま壁に穿たれた縦長の穴、窓までにじり寄ると、盗みに入った屋敷の廊下を確認する要領で、そっと覗き込んだ。
窓の向こうにあったのは、大きな空間だった。
あの遺跡から遠くまで運ばれたのならば話は別だが、少なくともこれほど巨大な建物は砂の上にはなかったはずだ。
煌々と光る玉が天井から吊り下げられた鎖の先に吊るされており、向こうの壁に縦横に並ぶ俺が覗き込んでいるのと同じ形の窓を照らしていた。
視線を下に向ければ、そこはちょっとした市場が開けそうなほどの広間になっている。
その広間を、二、三百人に及ぶ人影が埋め尽くしていた。
身体に包帯のような布を巻きつけた女の姿。マミーだ。
だが、そのいずれも俺の傍にいるものとは異なり、布の巻き方は雑な上、装身具のようなものも身につけていなかった。
そして広場の向こう側、窓二段に及ぶ高さの大扉の前に、マミーとは異なる数人の姿があった。
後ろ手に縛り上げられ床に跪く数人の男と、大扉を背に彼らを見下ろす、錫杖を手にした黒髪の女だ。
男たちは、俺を除いた盗掘団の面々だった。
女は手足の半ばまでを黒いふさふさの毛で覆っており、黒髪の間から三角形の耳を覗かせている。魔物だろうか?
「あやつはアヌビス。ミイラを操り、我が居城を支配する魔物よ」
窓から下を覗く俺の背後から、マミーがそっと囁く。
「最もあやつに言わせれ
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