西行紀行『密林に潜む小さき首を持つ狩猟者の一族』

「必要なのは慣れよ」
僕と向かい合って座る彼女は、手の中の小ぶりなナイフを弄びながら言葉を紡いだ。
「確かにある程度の器用さは必要だけど、それ以上に重要なのは慣れ。ほんの少々の力加減を誤っただけで、何もかも台無しよ」
「はぁ・・・」
「でも、この下ごしらえが終われば、後は簡単。何種類かの植物の汁に数日漬け込み、縫って形を整えて、熱した砂を注ぐ。後は好みで三つ編みにしたりして飾るだけ」
「はぁ・・・」
彼女の解説に、僕はただ気の抜けた相槌を打つほかなかった。
ジパングの旅行者が、早々にこの集落から逃げ出したのも納得がいく。
それにしても、何でこんなことになったのだろう?
密林の奥深く、大木の木の枝の上に造られた小屋の中で、僕はそう考えた。
ああ、名乗り忘れていた。
僕は、偉大なる生物学者として歴史に名を残す予定の・・・いや、名乗るのは発見をしてからにしよう。
とにかく、僕は生物学者だ。



――――――――――――――――――――



説明すると長くなるが、いろいろあって僕は怪我と記憶喪失により一時入院していた。
だが入院生活はそう辛いものではなく、入院する直前の仕事で雇った助手のユーシカのおかげで、大分楽なものだった。
毎日僕を見舞いに来て、会話をし、時折研究資料を持ってきてくれる。
たったそれだけでも、ユーシカは大分僕の心の支えになってくれた。
また、彼女は『記憶の回復の妨げになる』と直接は何もしなかったが、失われていた記憶の殆どが回復するに至ったのは、彼女のおかげだと僕は信じている。
そして、退院した僕と付き添いのユーシカを迎えたのは、綺麗に片付けられた僕の自宅だった。
全く、なんて出来た助手なのだろう。
唯一思い出せないのが、彼女の地元の集落の詳細だというのが悔やまれて仕方がない。
とにかく、新たに助手が加わった僕の生物学者としての生活は、新たに始まったのだった




「とにかく、必要なのはお金だ」
退院後の片づけなどが終わり、ひと段落着いたところで僕はそう呟いた。
「はぁ・・・」
僕の自宅の一角に設けられた研究室に新たに置いた、真新しい机に着いた南方特有の褐色の肌に金髪の女性、助手のユーシカが伝票の整理をしながら返事をした。
「でも、国からの補償金と先生のご友人からの『一ツ目巨人』の頭骨の代金が入ってますから、すぐに必要というわけじゃないんでしょう?」
「まあ、確かに今必要というわけじゃないけど、また今回みたいな突然の入院とか、お金が必要になったとき無いと困るでしょ?
今回の入院は、運良く国が補償してくれたから助かったけど、次があるとは限らないし」
「それで、貯金をして『いつか来る次』に備えよう、と」
「うん」
僕は大きく頷いた。
「でも先生、心当たりはあるんですか?」
「ある。僕にはコイツがあるからな・・・」
僕はそう答えると、ユーシカが整理しておいてくれた机の上に、数枚の紙とい札の本を取り出して置いた。
「『西行紀行』と、その翻訳だ」
「・・・・・・はぁ・・・」
かつて大陸中を旅して回ったジパングの旅行者の手記を見るなり、ユーシカは溜息をついた。
「ん?何だいその溜息は!『西行紀行』は本当にすごいんだぞ」
呆れた様子の彼女に、僕は解説を始めた。
「この本には、学会じゃ未だ存在を確認されたいない生物や、本来の生息域から大きく離れた生物がたくさん記録されているんだ。
そいつを上手いこと見つけ出して、上手いことしてやれば・・・」
「お金ががっぽり、というわけですか?」
彼女ははぁ、と溜息をつくと続けた。
「先生、取らぬ狸の皮算用って言葉、ご存知ですか?」
「あ!信用してないな!?」
僕は椅子から立つと、壁に並べられた本棚に歩み寄り、並ぶノートの一冊を一つ取り出し、目的のページを開いて彼女に向けた。
「ほら、この間の『一ツ目巨人』の記事の翻訳!これがあったから、頭骨の代金が手に入ったんだ」
「ついでに言うと、治療費も受け取る嵌めになりましたけどね」
「・・・・・・まあ、それは不幸な事件だったとしてだ」
ノートをもどし、別なノートを手に取ると僕はページを捲った。
「ほら、これ『西行紀行』三巻の記事なんだけど・・・」




『密林に潜む小さき首を持つ狩猟者の一族』
草原から密林に入り、北へ進むこと三十五日。途中でアマゾン狩猟者の村を後にしてから八日。
湯の中を歩いているのではないかと錯覚するほどの蒸し暑さを堪えながら足を進めるうち、我輩は一つの集落にたどり着いた。
褐色の肌に、小さな首を幾つも持つ、身体を僅かばかりの衣服で隠しただけの人々の村だ。
彼らは木々の枝の上に小屋を建て、そこで生活していた。我輩はこの人々を小さい首族と呼ぼう。
我輩は過去に訪れたアマゾン狩猟者の村で教わった挨拶をし、集落に客人として迎えられた。
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