俺が隊商に加わって、すでに三ヶ月が経過した。
俺に与えられた仕事は荷物の見張り番で、移動中は荷馬車の開いたスペースに乗っているだけだった。
隊商はいくつかの村や町での商取引を繰り返しながら、次第に東へと進んでいた。
そして東へ進むにつれ、三賢人の噂が次第に耳に入ってくるようになった。
曰く、『村を訪れて数日のうちに井戸を一度で掘り当ててしまった』
曰く、『村の近くを流れる川に、大きな水車と製粉所を建設した』
曰く、『村の近くの山に入っていき、山の精霊と契約を交わし木材を自由に調達できるようになった』
などなど。
「しかし・・・どれもこれも胡散くせえな・・・」
紙に書き記した噂や情報を見ながら、俺は改めて三賢人の噂の怪しさに声を漏らしていた。
確かに最初の井戸を一度で掘り当てた、というのはなかなかすごいことだと思う。
だが、近くを川が流れていると言うのに、なぜわざわざ井戸を掘るのだろう?
そして極めつけは、三つ目の噂の続きだった。
曰く、『三賢人が契約のため山に入っていった次の朝、村の近くを流れる川が七色に輝いた』
もはや御伽噺の世界である。
だが、そんな荒唐無稽な噂話とは裏腹に、三賢人の居所についての情報は東に向かうにつれ確固たるものになっていった。
そして、今この隊商が向かっている町の近くに、三賢人の住む村があるという。
「ま、本格的な調査は次の町についてからだな・・・」
俺は情報を記した紙を折りたたむと、荷物の中にしまい込んだ。
『アル!アル!』
不意に荷馬車を覆う幌の上から、高い少女の声が俺の耳に届いた。
『前からなんか来たわよ!』
声の主が布を通り抜け、幌の内側に上半身を突っ込みながら声を上げた。
俺の眼前に逆さにぶら下がっているのは、衣服や髪はおろか肌まで真っ白な少女だった。
「マティ・・・なんか、じゃよくわかんねえよ」
『なんか白いの!白!』
俺は驚きも慌てもせず、興奮して自身の色を連呼する少女に溜息をついた。
彼女はマティアータ。俺が物心ついたときから取り付いている、ゴーストの少女だ。
しかし彼女には生きていた頃の記憶が無いらしく、名前も俺が付けてやったものだ。
そして月の三賢人を探しているのも、彼らなら何か記憶を取り戻す方法を知っているのではないか、という望みからだった。
『とにかくもうすぐすれ違うから!見て見て!』
「はいはい・・・」
俺は座ったまま身をねじると、荷馬車を覆う幌の一部を軽く持ち上げ、外を覗いた。
すると丁度俺の乗っている荷馬車の横を、白いマントを羽織り白いフードを被って、顔を伏せた一団が通っているところだった。
人数は十数人ほどで、一団の後には同じく白で統一された荷馬車が付いていた。
「あれは・・・中央教会の浄罪士だな・・・」
『じょうざいし?』
馬車の荷台に掲げられた紋章を見ての言葉に、マティが疑問符を浮かべた。
「ああ、異教徒や魔物、魔物と通じた人間を拷問にかけて回っている連中らしい・・・聞いた話だけどな」
よっぽど確実な証拠が無い限り人を捕らえたりはしないとも聞いたことがあるので、異端審問官よりは安全だと言えよう。
だが、それでもそんな危険な連中が側を通っているのは心臓に悪い。
持ち上げていた幌をから顔を離すと、俺は彼女に向き直った。
「念のためだ・・・マティ、馬車に隠れろ」
『うん・・・』
普段と比べるとやたら素直な返答と共に、彼女は幌を通り抜ける、ゆっくりと馬車の床に降りていった。
その煙の塊のようになった下半身が床板に触れる寸前、二本の足の形をとって、彼女は床の上に降り立つ。
『それにしても・・・ちょっと怖いわね・・・』
「ああ、俺もだ。前に浄罪士は見たことがあるが、こんな人数で移動しているのは初めてだ・・・しかし、何かあったのかな・・・?」
再び外を覗いてみれば、既に浄罪士の一団は隊商から離れつつあるところだった。
『前の町で、この辺りの墓地が立て続けに荒らされてるって聞いたけど・・・それかしら?』
「かも、な・・・もっとも、俺たちには関係ないだろうがな」
浄罪士たちが十分に離れたのを見届けると、俺は持ち上げていた幌を元に戻した。
その夜、俺たちは街隊商の設営したキャンプでくつろいでいた。
隊商はその荷物の多さと人数のため、歩みが遅い。
普通ならば馬で半日の道も、二日は掛かってしまうのだ。
そのため移動中はこうして街道近くの草原などにキャンプを設営し、夜を明かすのだ。
『ねえ、アル』
横になり、軽く目を閉じた俺にマティが話し掛けてきた。
『ちょっと散歩してきていい?』
「好きにしろ。あまり遠くに行くなよ」
彼女の姿や声は俺にしか見聞きできないため、寝言とも思える程度の低い声で返答を返しておく。
すると、微かな音と共に彼女の気配が消えた。
背の高い草のせいで横にな
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