(127)リビングドール

 私はお人形。今、旦那様の仕事場にいるの。
 旦那様のお仕事は、お人形の服を作ったり、修理したりすること。
 今日もお客様から預かったお人形の服を作ってるの。
「……」
 旦那様は仕事中、なにもしゃべらない。静かに手を動かして、服を縫い上げていくの。
 今はレースをたっぷり使ったスカートをふんわりと仕上げているところ。旦那様によれば、レースのバランスを間違えると、スカートが変に傾いちゃうから、気が抜けないんだって。
 でも仕事中の旦那様は、どんなときだって気を抜かない。だから私も、じっと旦那様を見ているの。


 最後の一針を通し、糸を丸く留めて切る。これでスカートは完成だ。
「ふぅ…」
 私は丸めていた背中を伸ばしながら、深く息を吐いた。手元に集中するため前かがみになっていたおかげで、背骨と筋肉がミシミシと音を立てた。肺が圧迫されて浅くなっていた呼吸が、自然といつものものに戻っていく。
「よっと…」
 私は微かによろめきながら椅子を立ち、軽く手足を揺らした。四肢に熱が通う感触が生じ、血の巡りが悪くなっていたことを自覚する。
 仕事の時はいつもこうだ。人形や衣装の補修のため、呼吸を殺し、手足の震えを押さえ込み、一針一筆を丁寧に重ねていく。時が経つのも忘れて手を動かすうち、私の体は徐々に冷たく、動かなくなっていくのだ。
「やっぱり、お前たちに近づいているのかな?」
 私は一通り体を動かすと、仕事場の棚を見回しながら呟いた。棚の中には仕事道具の筆や針などが半分、もう半分には客から預かった人形たちが納められていた。
 顔にひびの入ったもの、毛の抜けたもの、衣装が破れたもの、四肢が外れたもの、服を着ていないもの、塗料を乾かしているもの、客の引き取りを待つものなど様々だ。皆が皆、色とりどりの目で私を見ていた。
「…人形、か…」
 私は、ふと仕事に没頭するあまり、そのまま心臓まで止まってしまう瞬間を思い浮かべた。人形の相手をするうち、全身が冷たくなり、動きを失い、ついには人形になってしまった人形修理職人など、三文小説もいいところだ。
 そもそも、心臓まで止めたところで、私がなれるのは死体だ。人形などではない。
「さーて、と…」
 私は机の上のスカートをとると、棚に並ぶ人形の一体に近づいた。そして下半身むき出しの彼女に、スカートを履かせてやる。ふわりと仕上がったスカートは、彼女の腰回りをきれいに隠し、裾から赤い靴をちょこんと覗かせていた。経年劣化によってこの人形の衣装全てがぼろぼろになっていたが、どうにかこうして新しい装いを与えることができた。私には心なしか、人形が喜んでいるようにも見えた。
「さーて、次は…」
 私は仕事の期日を脳裏で思い返しながら、次は何をしようか棚を見回した。そして棚と仕事部屋の戸口の間ほどで、ふと私の目が止まった。
 そこにあったのは、一体の人形だ。破損個所はなく、顔も手足もきれいなものだ。誰から預かっているわけでもない、私自身の所有物だからだ。ただ、この人形は服を着ていなかった。人形修理職人、いや、針と糸を使う仕事を志した時に、いずれ自力で服を作ってやろうという決意のために手に入れたものだ。だが、人形修理の仕事に追われる私に、そんな余裕はなかった。
 今でこそそれなりに仕事が早くこなせるようになったとは思うが、それでもこの人形の衣装に手を着けられずにいた。
「悪いな…」
 冬の寒い日も、夏の暑い日も、仕事場の片隅で裸身をさらし続ける彼女に一言謝る。そして、自身の罪悪感から目を背けるように、私は預かった人形の一体を手に取った。


 私はお人形。今、旦那様を見守っているの。
 旦那様はスカートを作った後、私に一言謝ってから、次の人形の修理をしているの。
 なんで旦那様は謝るのかしら?
 私が裸だから?
 私はお人形。人間とは違って、寒さなんて感じないの。
 旦那様が私を手に入れてくれたときから、私はずっと旦那様を見ていたの。
 旦那様が忙しくて、私の服を作る時間がないことぐらい知ってるの。
 だから旦那様、謝らないで。


 作業机に、ぎりぎりまで顔を近づけていることにふと気が付いた。あたりが暗くて、手元がよく見えなかったのだ。
「もうこんな時間か」
 背筋を伸ばしながら窓の外をうかがうと、すでに日の光は西の空をわずかに照らすばかりだった。
「今日はここまでだな」
 私は髪の毛の植え付けをしていた人形をそっと机に寝かせると、椅子を立った。脚を組み替えることもなくじっと作業をしていたためか、膝がミシミシと音を立てそうなほど凝り固まっていた。
「うーん…」
 伸びをし、手足を揺らし、血の巡りを取り戻す。そして、少しばかり薄暗くなった仕事場を、私は戸口に向けて進み始めた。
 僅かばかりとはいえ、光の射し込む窓を背にして、戸
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