(124)サンドウォーム

 迂闊だった。ケチって駱駝を値切ったのが、そもそもの間違いだった。俺は焼けるように熱い岩に身を寄せ、手持ちの着替えや袋を使って作った簡易日除けに身を隠しながらうめいていた。
 ここは…砂漠だ。砂漠としか言いようがない。右も左も砂と岩ばかりで、空は抜けるように青い。幸い、現在位置と最寄りの水場までの道のりはわかっているが、駱駝を失ってしまった今、そんな情報は露ほどの役にも立たなかった。いや、この場所なら唇を湿らせられる露の方が、よっぽど貴重だ。
「くそ…」
 俺は日除けの中でうめきながら、体と砂の間に隠した巻き紙の感触を確かめた。この砂漠をわたった向こうにある町の、とある男に届けるのが俺の仕事だった。封印はされていないが、広げたところで所々書き間違いのある、頭の足りない奴が書いた手紙のようなものだ。暗号には間違いないが、読めない俺にはどれほど重要なものかはわからなかった。
「まあ、俺一人にあんなはした金で任せるんだ…そんなもんだろう…」
 喉の渇きが強まるのもかまわず、俺はそう呟いた。おそらく、この任務は失敗だろう。それでも、自分の命を守るためにも、近くの水場を目指す必要はある。通りがかった商人か旅人が拾ってくれるかもしれないからだ。
 そのためには、まずは夜を待たなければ。太陽がかんかんに照りつける昼間の移動は出来ない。眠って待つ、ことは無理だとしても、目蓋を下ろして体力の消耗を防がなければ。
「…ん…?」
 ふと、俺は背中に触れる砂越しに、振動を感じた。何かが砂の上を移動するのが伝わったのだ。遠くの駱駝の足音などではない。もっと無数の何かが、近くを通ろうとしている。
「隊商か…!?」
 無数の馬や駱駝で大量の物資を抱え、物量作戦で砂漠の踏破を行う商人たち。彼らがこのそばを通っているのだろうか。だとすれば、拾ってもらえるかもしれない。俺は手製の日除けの中から這い出ると、砂の上に立って、辺りを見回した。
「…お!おーい!おーい!」
 陽炎に揺らぐ砂の彼方に、俺は何かの影を見るなり、着替えのシャツの一枚を振り回しながら声を上げた。陽炎や蜃気楼のせいで距離や方角が違っているかもしれないが、それでもあの振動はすぐそばのものだった。きっと、隊商はすぐそばにいる。
「おーい!ここだー!おーい!」
 俺がシャツを振り回していると、何かは俺に気がついたようにこちらに向きを変えた。
 そして次の瞬間、揺らめく陽炎を突き破るように、何かは一瞬のうちに距離を詰め、俺に向かって飛びかかってきた。
 俺が見たのは、甲殻に覆われた長い身体と、暗い暗い洞窟のような口だった。



 全身が生温かい。暑いわけでも、温いわけでもなく、心地よい温かさだった。
「うぅ…」
 俺は薄闇の中で目を開いた。だが、なにも見えない。全身を妙にぬるぬるする温かな何かが包み込んでいるほかは、なにもわからなかった。
「おい…おーい!」
 声を上げてみるが、俺の声は妙に籠もって響くばかりで、返答はなかった。
「どこだよ、ここ…」
 鼻をつままれてもわからないほどの暗闇の中で、俺は呟いた。炙るような日の光から逃れられたのはありがたいが、どこにいるのかわからないのでは、状況は悪化したとしか言いようがない。
 すると不意に、俺を光が照らした。
「う…!」
 見えなかったとはいえ、完全に闇に慣れていた俺の目が眩むが、どうにか照らし出されたものを目に納めようとした。
 だが、そんなことは無意味だった。目にはいるのは赤い肉だったからだ。鮮やかな血の色をした赤い肉がひしめき合っていた。ちょうど俺の腕の長さほどの筒状の空間に、俺一人が寝転がっている格好だ。そしてびくびくと脈打つ肉の壁面の所々に、光を放つ部分があった。
「なんだよこれ…」
 手を伸ばし、肉の壁面にふれると、にちゃりと粘液が指に絡み付いた。夢、それも悪夢を見ているようだが、その余りに現実的な感覚は夢ではないことを示していた。
「出口は…」
 俺は首をひねり、頭の方を見上げたが、そこにあったのは窄まって閉じる肉の穴だった。あそこを広げれば、少なくともここから出ていけそうだ。
 そう考え、肉の穴ににじり寄ろうとしたところで、その窄まりが不意に緩んだ。
「な…」
 俺の考えを読みとったかのような動きに驚いていると、肉の窄まりから淡い桃色の何かが姿を現した。粘液にまみれたそれは、窄まりをくぐり抜けるうち、淡い桃色の頭髪につつまれた頭だとわかった。糸を引きながら肉の穴から顔が露わになる。肉の壁面から放たれる光に照らされたその顔は、日に当たったことがないかと思えるほど白い肌の、整った顔立ちの女のものだった。
「お、おい!あんた、大丈夫か!?」
 目を閉ざしたままの彼女に呼びかけると、その目蓋が緩やかにあがった。眠たげに半ば姿を隠した瞳は金色で、切
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