(123)ケプリ

 砂の下に埋もれた大迷宮、本来ならば古い王族の居城を一人のトレジャーハンターが走っていた。月日の流れとともに、脆くなった床を踏み抜くのでは、という恐れは彼の足取りからは伺えなかった。
 無理もない。もっと恐ろしいものが背後から迫っているからだ。
「はぁはぁはぁ…!」
 男が呼吸も荒く、遺跡の中を進む。すると彼の足音に紛れて、背後からいくつもの音が響いた。
 かさかさかさかさ。
 軽く、硬いもの同士がこすれ合う音。虫の立てる音に似ていたが、トレジャーハンターは音の主が虫などでないことを知っていた。
「はぁはぁ…!」
 通路を曲がる瞬間、彼は首をひねり来た道を振り返った。すると通路の闇の中に、黄金色の輝きがいくつも並んでいるのが見えた。
 一瞬だけ見えた金色の光は、ケプリと呼ばれる魔物の甲殻の色だ。財宝に似た色のため、物をよく知らない冒険者やトレジャーハンターが不用意に彼女らに近づき、餌食となってしまう。しかしいくらそのことを知っていても、こうも向ってこられては何の意味もない。
「はぁはぁはぁ」
(ここはどこだ?出口はどっちだ?)
 かさかさかさかさ、という擦過音に押しつぶされそうになる中、彼は必死に脳裏で問いかけた。几帳面に距離を測りながら作った地図は、とうの昔にどこかで落としてしまった。彼に残されたのは、僅かな空気の流れで出口を探る方法だけだ。
 やがて男は通路の分岐に至った。一瞬動きを止め、頬に意識を向ける。すると彼の右ほおが少しだけ涼しく感じられた。右側の通路から風が吹いているのだ。
 一瞬のうちに判断を下すと、彼は通路を右に曲がり、全力で駆けて行った。風向きを調べるための一瞬の静止により、ケプリ達の音が背後まで迫っていたからだ。
 しかし、数十歩と進む間もなく、彼の足は止まった。彼の前方に日の光が差し込んでいたからだ。砂の上に露出した外壁が破れ、青空がのぞいている。先ほどの風は、あの穴から吹き込んだ物だろう。男は正しい道を選んでいたわけだ。
 穴の大きさが、男の手のひらほどでなければ完璧だったのだが。
「あ…あぁぁ…」
 差し込む日の光に完全に絶望し、男は声を漏らした。すると彼の背後にかさかさかさという音が一気に迫る。
 衝撃が男を襲い、砂の積もった遺跡の床に彼は倒れ伏した。
「つかまえた!」
「おうさま!」
「おうさまつかまえた!」
 幼い少女の声がいくつも響き、トレジャーハンターの手足を固いものが掴む。
「や、やめろ…!」
 魔物に捕えられた。遅れて現実を受け入れた男は、手遅れながらももがいて逃れようとした。しかし彼の腕や足をがっしりと掴む、硬い甲殻に覆われた手の感触は、彼を逃そうとしなかった。
「おうさまのおへやにごあんなーい!」
「ごあんなーい!」
「やめろ、放せ!」
 男の声をよそに、ケプリ達は「わっしょいわっしょい」と調子を合わせながら、男を運んで行った。



「とうちゃーく!」
 遺跡の一室に男を運び込むと、ケプリ達はそう言いながら男を放り投げた。地面への墜落を覚悟するが、男を受け止めたのは柔らかな何かだった。
 ベッドだ。柔らかなベッドが男を痛みもなく受け止めたのだった。
「ここは…」
「おうさまのおへやー!」
 不自然に柔らかいベッドの感触に疑問を感じていると、ケプリ達が初めて男の言葉に応じた。
 彼が顔を向けると、そこには三人のケプリが立っていた。金色の甲殻に四肢を包み、背中には羽のようなものを背負っている点は同じだが、身長と髪形が違っていた。
 一番背が低いおかっぱのケプリに、一番背が高い腰まで届くような長髪のケプリ、そして真ん中は、背中の半ばに届きそうな髪を一本に結い、後頭部でまとめていた。
「おうさまがかえってきたから、おもてなしするの」
「おもてなしー!」
「おかえりなさいおうさまー!」
 三人のケプリは口々にそう言うと、股間を覆う僅かばかりの金色の装身具を一息に下ろした。羞恥心が無いのか、その動きに一切の躊躇いは無く、彼女らは無防備に両脚の付け根をトレジャーハンターの男に向けて晒した。
「な、何を…」
 褐色の肌に刻まれた小さな亀裂と、無毛の下腹に一瞬目を奪われつつも、彼はそう問いかけた。するとケプリ達は、男の横たわるベッドに歩み寄り、乗りながら言った。
「おふろだよ、おうさま」
「おそとあつかったでしょ?」
「わたしたちがきれいにしてあげるね」
 そして彼女らは金色の甲殻に包まれた手で男の手や足を抑え込むと、衣服を力任せに剥ぎ取っていった。
「や、やめろ…!」
「だめ!おそとからかえったらきれいきれい!」
「おうさまもきれきれいしないとだめ!」
 彼女たちは男の言葉にそう返しながら、丈夫な生地で作ってあるはずの探索用衣装を引き裂き、床へと放り捨てた。そして一糸まとわぬ姿になった男の腹の上
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