(122)アポピス

 どこまでも続く砂の海の一角に、岩が突き出ている場所があった。だがよくよく見ればその岩は妙に角ばっており、砂に半ば埋もれた建物の残骸であることが分かるだろう。
 建物の名残は砂漠のあちこちに点々と顔を出しており、かなりの広範囲に建物があったことを示している。そう、この辺り一帯は遺跡なのだ。
 はるか昔、半年に一度雨季が訪れていた頃、この辺りにも人は住んでいた。だが、気候の変化による雨季の消滅と、徐々にどこからともなく吹き込んでくる砂に、支配者を含めたすべての人々は街を捨てることとなった。
 その後、街は幾度となく砂に埋もれ、風によって掘り起こされを繰り返しながら、幾度も太陽が天を巡るのを過ごしていた。
 そして、数度目か数十度目か、数える者もおらぬまま砂に埋まっては顔を出しを繰り返した遺跡に向け、二つの足跡が刻まれていた。
 一つは右と左の靴によって刻まれた、人間の物だ。しかしもう一つは砂の上に右に左に揺れる一本の線を刻んだ、足による物ではない足跡だった。
 風によって徐々に消えゆく足跡を追っていくと、街の名残の縁の辺りに二つの影があった。一つは砂色の布で身体を覆った人間で、もう一つは青黒い半人半蛇の魔物だった。
「やっとだ…やっと見つけたぞ…!」
 半人半蛇の魔物が、砂から顔を出す角ばった岩の群れに向け、感極まったように声を漏らした。
「砂漠に消えた、霞の町…ついに見つけたぞ…!」
「うん、そうだね」
 砂色の布に身を包んだ人間が、傍らの魔物の言葉に頷いた。布の下から響いた男の声は、どこか冷めていた。
「ククク、見た所ここのファラオは未だ目覚めておらぬ様子…!ならば私が先にこの街を支配し、美しい黒と赤で辺りを塗りつぶしてくれようぞ!」
「うん、そうだね」
 先ほどと全く同じ言葉を男は布の下から繰り返した。
「さあ、善は急げだ!手始めにその辺に眠っているであろう包帯ぐるぐるを叩き起こすぞ!」
 青黒い半人半蛇の魔物、アポピスはそう言うと、すぐそばにある砂から顔を出した建物の残骸に向けて蛇身を操り、近づいて行った。
「……」
 布をまとった男は一度背後を振り替えると、砂の上を進み始めた。


「…誰も、おらんかったな…」
 数時間後、太陽が地平線の下に沈み、月が顔を出す頃、アポピスは建物の合間に座り込んだまま呆然と呟いた。
「そりゃそうだ。伝承をまとめた本にたまに顔を出すだけだ。遺跡の管理者の話も出てこないような遺跡に、誰か残っていると思うか?」
 アポピスの向かい、たき火を挟んで座る男が、うなだれる魔物に向けて行った。
「いや、でも本当に道のりが過酷で、誰もたどり着けなかったとか…」
「『イブリオス帝4年』」
 男は傍らの荷物から手帳を出すと、ページをめくって文章を読み上げた。
「『七の月:遥か西の砂の都より多くの民が我が国へとやってきた。砂に埋もれつつある故郷を離れ、新たなる土地を目指したところ、我が国にたどり着いたらしい』…完全に街を捨てたって書いてあるな」
「ううううう…」
 男の言葉に、アポピスは声を漏らした。この遺跡を目指す間、幾度となく繰り返された一節ではあるが、アポピスはそのたびに眠る者はいると主張していたのだ。完全に自説が否定されてしまった今、アポピスには呻くことの他、何もできなかった。
「それで…お前はどうする?」
 ぱたん、と音を立てて手帳を閉じると、彼は向かいの魔物に尋ねた。
「俺は予定通りこの遺跡を調査するつもりだが、お前はどうする?」
 そう、男は遺跡の調査のため、アポピスはここに居ると思っていたファラオと言った魔物を自らの支配下に置くため、共に旅をしていたのだ。だが、ここが完全に無人の遺跡である以上、アポピスにはここに留まる理由は無かった。
「つ、次の遺跡を…」
「一人で行けるのか?」
 男の問いに、アポピスは青い肌に包まれた肩を震わせた。その意味はただ一つ。彼女一人では、砂漠を渡ることはできないのだ。
「仮に行けたとしても、そこのファラオが既に目覚めていたらどうする?」
「そ、その時は噛みついて毒パワー炸裂で…」
「『アバラン帝2年 4の月』」
 男は手帳を開き、内容を読み上げた。
「『アバラン帝即位一周年を祝うため、西の砂の国より王子がやってきた。しかし我が国と砂の国の友好を快く思わぬ悪漢が、王子を襲撃した。我が国の警備に紛れ込んでの襲撃だったが、砂の国から連れてきたという王子の警備によって悪漢は取り押さえられた。いや、砂の国の警備が雲を突くような悪漢を囲んで錫杖で叩いているのを、我が国の警備兵が引き止めたというところだ』」
 ぱたん、と手帳を閉じ、男は顔を上げた。
「噛みつけるといいな」
「うううううう」
 砂漠のどこの国の話かは定かではないが、少なくともどこかの国の警備兵の強さは、アポピスの
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