epilogue

 青空の下、草原を褐色の筋が横断していた。幾度となく踏み固められ、土がむき出しになった道だ。街道ではないものの、それなりに使用されている道を、一組の男女があるいていた。いや、身長差から言うと、女と少年と言うべきだろうか。豪奢ではないものの、作りのしっかりした衣服に袖を通し、背中には荷物を背負っていた。
「それにしても、あそこの店、すっごいマズかったねえ」
 少年が、にこにことした顔で、女に向けて話しかけた。
「ああ、あんなんで金取られたのが、夢だったんじゃないかってぐらいだったな!」
 帽子をかぶった女もまた、少年の言葉に笑顔で応じた。会話の内容こそ、旅の失敗を連ねたものだったが、二人の表情に後悔はない。むしろ、楽しくてしょうがないと言った様子だった。
「次の町は、明後日だっけ?」
「ああ、どんなに急いでも野宿が一泊必要だな」
 その瞬間、草原を揺らしながら一陣の風が吹き抜けた。突風に草は揺れて音を立て、女と少年は目を閉じた。だが、女の手が帽子を押さえるよりも早く、風は帽子をすくい上げ青空に向けて飛ばした。
「あ…」
 風にさらわれた帽子に手を伸ばしながら、女は声を漏らした。彼女の白い頭髪が、風にたなびいていた。
「よっと」
 少年が軽く手をかざすと、くるくると風の中を待っていた帽子が、不意に軌道を変えて二人の元へと飛んできた。そして、女の差し出した手にすっぽりと収まった。
「お、ありがとな、イヴァン」
「気をつけてね、ジェインさん」
 そう二人は言葉を交わすと、突風の吹き抜けた道を再び進み始めた。






 二人がこうして旅を初めて、一ヶ月が経過しただろうか。あの浮遊都市から飛び降り、持ちうる気象操作の力全てをもって都市を凍結させ、空の彼方へと打ち上げたあの日から。
 気象操作の力を使い果たし、後は無限に広がる海原に向けて落下し続けるしかできない二人は、最期の瞬間まで抱き合い、運命を受け入れようとしていた。しかしそのとき、ジェインの体に変化が生じたのだ。体が熱を帯び、ある部位に向かって集中していくあの感覚が彼女を襲ったのだ。
 ジルを飲んで、『クラーケン』の触手を獲得したとき。
 ジルを飲んで、『ドラゴン』の腕を獲得したとき。
 体内のジルを活性化させて、『サンダーバード』の翼を獲得したとき。
 あのときと同じ熱が彼女の体を駆け抜けたのだ。熱はいつしか、彼女の側頭部と腰に集中した。そして、彼女の肌を突き破って、それが姿を現したのだ。
 ジェインの髪の毛のように真っ白な角と、真っ白な蝙蝠のような翼。
 ジェインは、突然自らに備わった器官にあわてふためきつつも、どうにか翼を操って風に乗り、無限に広がるようにも見えた海原から陸地へと着陸した。浮遊都市ではめったに感じることのできなかった軟らかな土の感触は、二人が生きていることを実感させるのに十分なものだった。



「それで…」
 風に帽子を奪われてからしばらくして、ふとジェインは疑問を口にした。
「何であのとき、オレに羽が生えたんだろうな?」
 あのとき、ジェインは空っぽだったはずだ。ロックとリィドが用意した過去も、それまでに飲んできたジルも奪われて、かろうじてジェインの意識だけが残っていたような状態だった。
「うーん…たぶん、だけど…」
 イヴァンはしばしうめいてから、自信なさげな様子で自分の考えを口にした。
「よけいな混ぜものがなくなったおかげで、ジェインさんの体がリリムになったからじゃないかな?」
「リリムに?」
「うん。あの二人も言ってたけど、魔物のジルの共通する成分は魔王に由来するものだから、その成分をかき集めれば魔王に近いものができるはずだって」
 確かに、ジェインの肉体は、やたらにジルを投与されたチャールズの肉体を参考に作られたらしい。
「それで、ジェインさんの体にあらかじめ入れてあった、ほかの魔物のジルが抜けてしまったから」
「リリムになった、と」
「たぶん、ね」
 ジェインは、ふーむとうなりながら考えた。
「だったら、何であのタイミングで羽が生えたんだ?もっと早くとか、遅くじゃなくて」
「それはその…」
 イヴァンは返答に窮した。
「僕の気象操作のジルが抜けて…その、精とかその辺が作用して…」
 イヴァンはそこまで答えたところで、ふと気がついた。ジェインがにやにやと笑みを浮かべながら、彼を見下ろしているのだ。
「もう!わかってるみたいだからこれでおしまい!」
「ははは、ごめんごめん」
 ぷい、と横を向いたイヴァンに、ジェインは笑いながら謝った。すると少年も、彼女のいたずら心を容赦し、照れくさそうに笑って見せた。
 浮遊都市を出てから一ヶ月。二人はこうして旅をしていた。
 かつてジェインが知っていたあちこちを見るために。イヴァンが書物の上でしか知らなかったあち
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