拍手が鳴り響いていた。そこまで力のこもっていない、かすかに間を含んだ一人分の拍手だ。手を打ちならしながら、警備隊員の隊列の間を抜け、室内に入ってきたのはロプフェルと同じ衣装を纏った男だった。軍服を思わせる上等な生地の胸には、勲章がいくつもつり下げられている。しかし勲章の上、両肩の中間に乗っていたのは、眉間に深いしわの刻み込まれたロプフェルの顔ではなかった。
「お前…!」
「おめでとう。見事だった」
拍手をしながら賞賛の言葉を贈る男の顔に、ジェインは見覚えがあった。ジェインが『クラーケン』を獲得したあのとき、酒場の左席に腰を下ろしていた男。ジェインがセントラ研究島に不時着したとき、庭園の木々の世話をしていた男。ジェインとイヴァンがイーロ・ファクトに潜入していたとき、地下通路を案内してくれたあの男。
同じをした男たちと、ロプフェルの衣装に袖を通す人物は、完全に同一であった。
「え…?な、何で…?」
ジェインの側に駆け寄っていたイヴァンもまた、拍手をする男の姿に目を白黒させていた。なぜここに彼が。ロプフェルに変装していたのか?ではロプフェル本人はどこに?
疑問が二人の胸中に次から次へとわき起こる中、今度は二人の背後から高い声が響いた。
「とっさの判断、行動。そして推測のすべてが見事だった」
予想もしていなかった方角からの声にジェインとイヴァンが顔を向けると、そこにはいつの間にか身を起こしていたチャールズの姿があった。いや、チャールズではない。雷によって軽く焼けた衣服や、四肢の先端に残る『リザードマン』や『スキュラ』の特徴こそそのままだったが、顔が違っていた。酒場の店員でありながら、セントラ研究島で植木の手入れをしていた同じ顔の女が、そこにいた。
「リィドさん…!」
「状況の変化の適応能力もそうだが、与えられた情報から新たな結論を導き出し、目的を再設定するのは見事だった」
チャールズの格好をしていた女の平坦な言葉を引き継ぐように、今度はロプフェルの格好をしていた男がのっぺりとした声音でそう言った。
「私たちの設計もあるが、見事なまでの思考能力だ」
「お見事お見事」
「なにをごちゃごちゃ、わからねえことを…」
背後と前方、いつの間にか入れ替わっていた二人に注意を払いながら、ジェインはイヴァンをかばうように抱き寄せた。
「そもそも、お前たちは何だ?ロプフェルや、チャールズの奴は…」
「これは失礼」
「正式に名乗っていなかった」
ジェインの言葉に、二人は応じた。
「私はトッド・ロック」
「私はレベッカ・リィド」
ロプフェルの衣装を纏った男が名乗った直後、チャールズの格好をした女が続いた。
「私はセントラ研究島で、医学を中心とする研究を行っている」
「私はセントラ研究島で、優生学を中心とする研究を行っている」
「お前たちのことはわかった…今度は、ロプフェルとチャールズの奴がどこに行ったかだ」
いつから入れ替わっていたのかはわからないが、早いうちにあの二人を見つけなければならない。チャールズは新たなジルを手に入れてさらに強くなるかもしれないし、ロプフェルはこの一帯への砲撃や爆撃を命じかねない。
「焦る必要はない」
「ロプフェルはもう何もしない」
「何もできない」
「私と私が」
「何もさせないから」
「…?」
あらかじめ打ち合わせでもしていたかのように、なめらかな調子で交互に言葉を紡ぐ二人に対し、ジェインは妙なものを感じた。
「何も、させない…?どういうこと、リィドさん…?」
少年が女の方に呼びかけたところで、ジェインはイヴァンと顔見知りだという研究者のことを思いだした。
「言葉そのままの意味だ。ロプフェルにはもう何もさせない」
リィドは少年の問いかけに、そう返した。
「何もさせない、って…ロプフェルはナムーフの最高権力者で…」
「そうか、クーデターか」
ジェインは、少年の言葉を引き継ぐように、二人の研究者の言わんとしていることを察し、口にした。
「ロプフェルの奴がオレたちに気を取られて警備隊員を動かし回ってる隙に、セントラ研究島の研究者たちでナムーフを乗っ取ったんだろう」
ジェインは、今まで見聞きしてきたものが脳裏で組み上がっていくままに任せ、推理を口にした。
「ロプフェルが表にでる日に、記憶を適当に消したオレをけしかけてジルを使わせ、浸食主義者として奴の目に入れる。そしてロプフェルがオレを追っかけ回してる間に、セントラ研究島の連中がナムーフのあちこちを押さえていく。チャールズという実験材料がいたから、並の警備隊員十人ぐらいじゃ太刀打ちできないようなジルだって簡単に用意できただろう。そして今の今、護衛であるチャールズがロプフェルから完全に離れた瞬間をねらって、奴を取り押さえたんだ」
そう、ジェインが記憶を消され
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