chapter 6

 貨物飛行船がイーロ・ファクトを離陸してまもなく、貨物の間から一つの影がそっと姿を現した。白髪の若い女だ。女はしばしあたりの様子を伺ってから、小さく囁いた。
「大丈夫だ、見張りはいない」
 女の声にそっと立ち上がったのは、十代半ばほどの少年だった。どこか不安げな様子で、ちらちらとあちこちを見ている。
「だ、大丈夫かな…」
「大丈夫だ。箱を押し込んでた魔物も言ってただろう。『降りるのが遅れても船は出発する』って」
 ジェインはそう、イヴァンの不安を打ち消してやるように言った。
「それに、今は二人ともよく眠っている。仮に気がついたとしても、箱の蓋が開くまでだれも気がつかない」
 そう言いながら、彼女は傍らの大きな木箱を示して見せた。
 貨物飛行船の離陸直前、ジェインたちが隠れていた木箱を警備隊員とお供のワーウルフが開こうとしたのだ。幸い人目がなかったため、ジェインがワーウルフを思い切り突き飛ばし、警備隊員を締め落として対応した。そして、警備隊員の持っていた手錠やらで無力化した二人を、ジェインとイヴァンが身を潜めていたスペースに押し込めたのだ。
「しかし、本当に人間に戻るんだな…」
 ジェインはふと、警備隊員を締め落とした直後のことを思い出した。ただ『ドラゴン』の左腕で突き飛ばしただけのワーウルフは、ジェインの目の前で見る見るうちに人間に戻っていったのだ。灰色の毛並みも、三角形のとがった耳も、手足の末端からのぞく爪さえも消え去り、後にはただの女だけが転がっていた。ワーウルフの拘束具につながる鎖がすっぽ抜け、警備隊員の手に握られたままだったところを見ると、安全装置が稼働して治癒ジルが注入されたらしい。
「…改めて見ると、変な気分だったね」
「ああ…まあ、コレがあることを考えると、当たり前なんだろうけどな」
 ジェインはイヴァンの感想に頷いて、左手を軽く開閉し、ズボンが半ばで破けてむき出しになった右足を小さく揺らした。ジェインの意志に応じて鱗と鉤爪をはやす、あるいは強靱な四本の触手に分裂する四肢。その効能のほどを考えれば、異形が人間の形になることなど、不思議ではない。
「それより、そろそろ外見をどうにかしないとな…」
「え?」
「ほら、オレの髪って目立つだろ?」
 ジェインは後頭部で結われた髪の毛に軽く触れながら、イヴァンに答えた。
「それに片足だけ破れたズボンとかも、たぶん警備隊連中の間で広まってるはずだ。下手すれば人目に付いた瞬間『キャー!』ってなるかもしれない」
「つまり…変装?」
「ああ」
 ジェインは頷くと、並ぶ木箱の合間を巡り始めた。
「確かこの船は、イアルプ行きだって話だろ?こいつが建材専用の貨物船でもない限り、どっかに…あった!」
 彼女は木箱の一つの前で足を止めると、その蓋をはずした。
「ほら、あった!」
 そう言いながら彼女が木箱から取り出し、イヴァンにむけて掲げて見せたのは、一着のワンピースだった。淡い、若草色のそれは胸元が大きく開いており、ブラウスと一緒に身につける一品のようだ。
「……」
 イヴァンはふと、ジェインがそれを身につけた時の様子を思い浮かべた。彼の脳裏で、ジェインはまとめていた髪を下ろしており、白髪…いや銀髪が日の光を反射しながら風になびいて
「ほら、こっちにはイヴァンが着れそうな奴があった」
「ああ…って!」
 ジェインが続けて広げて見せた、やや小さな白いブラウスに、少年は脳裏の景色をかき消して声を上げる。
「ジェインさん、それ女物!」
「え?そうなのか?」
 ジェインはイヴァンと手元のブラウス(彼女の認識ではシャツ)を交互に見比べた。
「でも、レースとか飾りとか入ってないし…」
「ボタンの付け方見てよ!こう…向かって右側にボタンが付いてるのは女物だよ」
「…本当だ!」
 よくよく眺めてから、ジェインは驚きの声を漏らした。
「でも、僕に入りそうなのがあるなら、他にも…」
「いや、服関係はこれぐらいしかなさそうだ」
 ジェインのすまなさそうな言葉に、イヴァンが動きを止めた。
「ズボン類もあるのはあるけど、お前にはかなり長すぎる奴だし、あとは女物と、帽子と…まあいいか」
「よくないよ!僕が変装できないじゃない!」
「いや、俺の特徴ばっかりが目立つだろ?だったら、オレだけが変装してしまえば、たぶんバレない…いやまて」
 ジェインは言葉を中断し、しばし默考した。
「どうしたの?」
「…イヴァン、いい方法があるぞ…」



 ナムーフの中層に浮かぶいくつもの小島の群、イアルプ群島。その一つの船着き場で、騒ぎが起こっていた。積み荷の木箱をあわただしく降ろす作業員に混ざり、工具や木材を抱えた者が出入りしているのだ。
「荷降ろし状況は!?」
「残り二割程度です!」
「修理状況はどうなってる!?」
「とりあえず塞ぎ
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