chapter 4

 『気象操作技術研究所』の廊下を、ジェインは走っていた。傍らにはイヴァンの姿もあり、二人の脳裏には人目に付かないように、という言葉が抜け落ちているようだった。無理もない。塔のすぐ側を、ロプフェルの飛行船が飛んでおり、数分後に多くの警備隊を降下させると言っているのだ。その上、この塔は完全に無人らしく、ロプフェルの通告に動揺する気配すらなかった。
 警備隊から逃れるため、二人は急いでいた。
「はぁはぁはぁ…!」
「こっちだ!」
 ジェインはイヴァンに呼びかけ、廊下の角を曲がった。
「ちょ、ちょっと待って…!」
 少年は必死に追いすがりながらも、息も絶え絶えに言った。塔での軟禁生活のせいか、イヴァンの体力はほとんどないようだった。
「もう少しだ!」
 ジェインは少しだけ速度を落としつつ彼を励まし、通路の向こう側に目を向けた。薄暗い通路には等間隔に扉が並んでおり、うち一つが内向きに開いていた。ジェインとイヴァンは通路を駆け抜け、開かれたままの扉の内側を横目で見た。
 扉の内側にあったのは、テーブルと針金を巻き付けられた小瓶、そして床で砕け散ったガラスの破片だった。ジェインが最初に忍び込んだ部屋だ。出口は近い。
 やがて二人は通路の突き当たりに達し、扉の前で足を止めた。
「開けるぞ!」
 ジェインが扉を開くと、強い風とともに光が通路に入ってきた。塔の屋上に出ると、ジェインが乗ってきたチェアがそのまま、屋上にうがたれたくぼみの中央に鎮座している。
「風が強いから気をつけろ!」
「このぐらい、僕が風を弱めて…」
「今はしなくていい!」
 気象を操作し、吹き抜けていく風を制御しようとした少年を制止すると、ジェインは彼の手をつかんだ。そして轟々と音を立てる風の中を進み、チェアに達した。
「よし…座れ」
 ジェインはチェアに腰を下ろすと、少年の方を向いて彼を招いた。
「え?」
「オレの膝の上に座れ、って言ってるんだ」
 彼女の言動が理解できない、といった様子の少年に対し、ジェインはパンパンと太腿を打ちながら招いた。
「で、でも…」
 少年は少しだけ困ったような表情で、彼女のむき出しの右太腿のあたりをちらちら見ながらもじもじと立っていた。
「時間がないんだ!いいか、もう少ししたらロプフェルは飛行船から警備隊の連中を降下させ終える。そして降下が終わった後、浮上する瞬間にオレたちがチェアで船に飛び込むんだ。そうすれば飛行船の中はガラガラで、簡単に飛行船を乗っ取ることができる。だから、今の内に浮いてないと間に合わないんだ!」
「う、うん…」
 ジェインの言葉に、イヴァンはうなづいた。少々まくし立てすぎたかもしれないが、一応納得はしてくれたらしい。
「わかったら座れ」
「…う…」
「あーもう!」
 ジェインはついにしびれを切らし、右足に力を込めた。瞬間、右足が触手に変貌し、四本の内の三本が少年の体に絡みついた。
「わ!?」
「おとなしくしてろよ」
 ジェインは少年を膝の上に抱き寄せると、触手を絡みつかせて自身と少年、そしてチェアをがっちりと固定した。
「あわわわ…わわ…」
「こんなもんか…?」
 口を開閉させて意味にならぬ音を紡ぐ少年をよそに、ジェインは体を揺らしてチェアへの固定を確かめた。どうやら、ジェインがわざとゆるめない限りは、触手は二人をチェアにつなぎ止めておいてくれるようだ。
「よし…」
 ジェインは顔を上げ、チェアの上部を覆う傘に向けて声を上げた。
「飛行船…ロプフェル号へ!」
 一瞬戸惑ったが、ジェインは窓から垣間見た飛行船の船体や袋にかかれていた文字を頼りに、そう言った。だが、チェアが浮く気配はなかった。
「…ロプフェル号へ!」
「あの、ジェインさん…」
「何だ」
「チェアはその、セントラの中の場所にしか移動できないから…」
「…最初から言ってくれ!」
 ジェインはようやく知った事実に、頭を抱えたくなった。
「おまえが蜃気楼を張って、チェアでこっそり飛行船に近づこうって計画だったのに…」
 チェアが使えないとなると、大前提から覆ることになる。
「えーと、だったら…チェアの進行と飛行船の位置を重ねて…」
「ジェインさん…その、蜃気楼作りながらチェアを飛ばすのなら、僕だけでもできるけど…」
「…そうなのか?」
 イヴァンの申し出に、ジェインは思わず尋ね返していた。
「嵐をいくつか作る要領で、風と蜃気楼を…」
「できるのならやってくれ!」
「は、はい!」
 ジェインの言葉に、イヴァンは言葉を断ち切った。直後チェアを、正確にはイヴァンを中心に風の渦が生じる。一瞬の間をおいて、チェアが浮かび上がった。
「おぉ…」
「次は蜃気楼…!」
 イヴァンが言葉を持らすと同時に、あたりの景色がゆがみ、薄暗くなる。なにがどうなっているのかは不明だが、蜃気楼の要領で
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