薄暗い闇の中を、私は舞っていた。
全身を力強く波打たせ、両腕で姿勢を整えながら、まっすぐに闇の中を進む。
上の方に目を向ければ、白いものが上をふさぎ、合間合間から光が降り注いで闇の中に柱を作っていた。
ここは氷に閉ざされた海の中だ。冷えきった海水の中を、私は銛を手に泳いでいた。
私の前方を泳いでいるのは、一頭のアザラシだ。
灰色の毛には色の濃い丸い模様が規則正しく並んでいる。あの毛皮を身につけることができれば、どれほど仲間から賞賛されるだろう。
私は脳裏に浮かぶ景色に見とれそうになったが、アザラシの追跡に意識を戻した。
今は成人の儀式の最中。自分の手でアザラシをしとめ、その毛皮で自分の衣服を作るのだ。
親から与えられた毛皮ではなく、仲間に頼って手に入れた毛皮でもなく、自分で手に入れた毛皮を身に纏う。それこそが、我々セルキーが一人前と見なされる条件なのだ。
前方のアザラシと私の距離は、かなり開いている。距離と灰色の毛皮のため、氷の下の薄闇にその姿が紛れてしまいそうだ。
だが私は目を見開き、アザラシを見逃さぬよう捉え続けていた。時折アザラシが氷のひび割れから降り注ぐ光を浴びるため、追跡は容易だ。
あとはアザラシが疲れはてるか、振り切るよりも私をしとめる方が容易いと判断するのを待つばかりだ。
毛並みのように立派な体格のアザラシだが、勝算はある。
必ずこの手でしとめてみせる。
私は決意を胸に、銛を握りなおした。そして両親に仕立ててもらったアザラシの毛皮に包まれた下半身を、大きく上下に動かした。
魔力と防水脂が冷えきった海水を弾き、滑りをよくする。四肢に絡みついて動きを妨げる海水の隙間を、私は進んでいった。
すると不意に、前方のアザラシが泳ぎ方を変えた。大きく身をうねらせて、光の降り注ぐ亀裂に接近するよう上昇したのだ。
息継ぎだ。アザラシと私の距離を狭める絶好のチャンスだ。
だが、息継ぎが必要なのは私も同じだ。ここで無理して接近しても、息継ぎをして体力を回復させたアザラシから距離を取られるのは避けようがない。ここは私も息継ぎを行い、距離を維持しなければ。
私はちらりと上方を伺うと、一番近く勝つ大きな亀裂に接近した。
亀裂に迫るにつれ光が私の視界を覆い、ついに海面が破れる。
「ぷはっ、はぁっ、はぁっ」
ただ息をするのではなく、肺の中の淀んだ空気を入れ換えるよう、私は意識して呼吸した。
少しだけ思考に濁りの生じていた意識がクリアになり、知らぬ間に体が空気を欲していたことを遅ればせながら察する。
あと十呼吸。吸って吐いてを十回繰り返し、最後に大きく吸ってから追跡を再開しよう。
そこまで考えたところで、亀裂に影が落ちてきた。
細長くうねる影と、その先端の湾曲した何か。
亀裂の上、青空を背にした何かは、まっすぐに私に向かって襲いかかってきた。
「っ!?」
鳥とも違う訳の分からない影の形に気を取られ、私は潜り損ねてしまった。下半身を操り、水中に頭を沈めるほんの一瞬が間に合わず、湾曲した何かが私の胸元に食い込んだ。
「きゃ…!」
両親からもらったアザラシの毛皮に食い込むのは、金属でできた半円型の金具だ。紐のついた金具が、氷の上から投げ込まれたのだ。
金具の先端は鋭くとがっており、銛のような返しまで備わっていた。だが先端は私の皮膚には至っておらず、毛皮を引っかけるばかりだった。
無傷であることに対する安堵と、両親からもらった毛皮に穴があいたことへの衝撃が同時に私の胸中に沸き起こった。直後、金具から氷の上へと続く紐が引き上げられ、氷の亀裂の縁と私の胸元の間でピンと張った。
毛皮が引き裂かれる。
とっさに胸元の毛皮に引っかかる金具をつかみ、布にあいた穴が広がるのを防ごうとした。しかし紐は変わらぬ力で引き上げられていき、結果私の体は冷えた海水から持ち上げられてしまった。
「しま…っ!?」
アザラシの追跡から離脱させられてしまう。海から引き上げられていく私の脳裏をよぎったのは、そんな考えだった。
海水をかいて深みに潜ろうにも、私の体はほとんど水を離れており、鰭がむなしく空をかくばかりだった。
そして数秒のうちに、私は凍てついた氷原の上に投げ出されていた。
「くぁ…!」
胸や腹を打つ衝撃に、私は思わずうめいていた。だが痛みをこらえながら、私は手にしたままの銛を構えた。私の胸元から続く紐を握る人影に向けてだ。
「何をするか!」
誰何よりも先に、私は抗議の声を上げた。
「何だ…アザラシではないのか…」
紐を握っていた人影が、ぼそりと呟いた。ふわふわとした毛皮を仕立てた衣服に身を包んだ男だ。
背中にはなにやら大きな荷物を背負っており、腰には私の胸元に食い込むのと同じ金具がいくつか下がっていた。
「私はエルシ、気高いセルキーの一族だ!」
アザラシと間違えたことに、私は抗
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