風はなく、さんさんと日が照っている。
しかし衣服の隙間から入り込む冷気は体温をゆっくりと奪い、むき出しの顔には突き刺さるような痛みを生じさせていた。
一年を通して雪が溶けることのない霊峰を、私はゆっくりと上っていた。
足跡の残る雪を踏みしめながら、一歩一歩足を進めていく。
足跡をたどると、数歩とたたぬ内に、二本の足をはやした巨大な荷物に私の視線がぶつかる。
「タイチョさん、付いてきてるか?」
私の数歩先を進んでいた荷物が、そう尋ねた。
「ああ、大丈夫だ」
「・・・休憩にするね」
私の返答にも関わらず、荷物は足を止めて振り返った。
テントや食料、燃料や寝具などをまとめた荷物を背負っていたのは、浅黒い肌の少女だった。今回の登山に際し、私が雇ったガイド兼荷運びだ。防寒着の袖口やフードの縁から、ふわふわとした毛がはみ出ており、なかなか暖かそうだ。
一瞬彼女の姿に見とれ、意識を奪われかけたが、私はどうにか彼女の言葉を反芻した。
「待て待て待て、私は大丈夫と言ったんだ」
「大丈夫じゃない人、大丈夫言うね。タイチョさん大丈夫じゃないね」
彼女は側の雪を払って岩を露出させると、荷物をその傍らに下ろした。
「ほら、ここに座って休憩するね」
「だから、私は元気だし大丈夫だ。それに、前に休憩してから一時間も・・・」
「タイチョさん、寒いのも暑いのも同じ、知ってるね?」
小さいヤカンに雪をすくい、熱を発する魔術式の描かれた加熱器具の上に置きながら、彼女はそう問いかけた。
「暑い砂漠で汗流すのも、寒い雪の中でふるえてるのも、同じぐらい危険ね。砂漠では水飲まないと死ぬ。雪山では体温めないと死ぬ。だから、休憩して体温めるね」
「そう、なのか・・・?」
実際のところ、これほど険しく寒い山など登ったことがないため、私には反論の使用もなかった。
「分かったら座るね」
彼女に言われるがまま、私はむき出しになった岩の側まで歩み寄り、腰を下ろした。
瞬間、体を支えるという労働から解放された両足から、心地よさが上ってきた。どうやら、思っていたより疲れがたまっていたようだ。
「はい、お待ちね」
ヤカンからカップにホカホカと湯気の立つ茶を注ぐと、彼女はそれを私に差し出した。
「チョモ特製の元気茶ね。ゆっくり飲んで、暖まるね」
「ああ、ありがとう・・・」
私はガイドの少女、チョモからカップを受け取ると、数度息を吹きかけてから唇をつけた。
甘い、砂糖をこれでもかと入れた茶は、その温もりとともに私の全身に染み渡っていくようだった。
「はぁ・・・」
「やっぱりタイチョさん、疲れてたね」
私の思わずもらしたため息に、彼女はニッコリと微笑んだ。
それから、休憩を何度も挟みながら私たちは雪山を登っていった。
そして夕方よりずっと前頃、チョモは大きな岩壁の側にテントを張ると言った。
もう少し進みたかったのだが、彼女が言うにはもうすぐ吹雪がくるらしい。
彼女の予測に疑いを感じながらも、私は彼女とともにテントを張り、その中に入った。
テントが風を遮ってくれるため、中は少しだけ暖かく感じられた。
「タイチョさん、上脱ぐね」
チョモが防寒着のフードをおろしながら言った。
「なんでだ?」
「ワタシたちこれだけしか服持ってないね。テントの中のカッコのまま外出ると、寒いね」
防寒着を着た状態で、テントの中に慣れてしまったら、翌朝寒く感じてしまうという理屈か。
「分かった」
私は頷くと、防寒着を脱いだ。厚手の生地が身体から離れ、ほんの少しの肌寒さを感じる。だが、耐えられないほどではない。
「それでいいね」
チョモもまた、防寒着を脱ぎながら微笑んだ。フードの縁からのぞいていたふわふわの毛は、どうやら彼女の頭髪のようだった。そして防寒着の袖口から溢れるようにしていた毛も、彼女の袖口からまだ覗いている。
「チョモのそれは暖かそうだな」
「タイチョさんの方が暖かそうね」
手首を守るふわふわとした毛への感想に、彼女は微笑みながら応じた。
「今からご飯作るね。タイチョさんちょっと待ってて」
「ああ」
荷物を探りながらのチョモの言葉に、私は頷いた。
やがて三人が寝転がれるほどのテントの中で、私が日誌をしたため、チョモが晩飯の準備をしていると、悲鳴のような音が聞こえた。
「白竜が叫んでるね」
鍋をかき回しながら、ふとチョモが言った。
「白竜?」
「強い風が山肌をなでると、こんな音がするね。白竜が叫んでいるときに外にでると、白竜にさらわれてしまうね」
「強い風で吹き飛ばされてしまうわけか・・・」
こんな雪の中、風によってあたりを転げ回されて遭難してしまえば、何かにさらわれたように見えるだろう。
「ここで野営して正解だったな・・・ありがとう、チョモ」
「お礼はいいね」
彼女は鍋の中身をカップにつぎ分けると、スプーンを添
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