Fallen From Flying Foundation -Teaser-

魔物が見えた。
両腕を翼にしたハーピィが見えた。
腰から下を魚にしたマーメイドが見えた。
背中に蝙蝠のような翼を広げ、扇情的な衣装に身を包んだサキュバスが見えた。
かろうじて人の形を保ちながらも溶け崩れつつある、透き通ったブルーの体のスライムが見えた。
皆笑っている。歪な、およそ善意や好意の感情が作り出すような笑顔ではなかったが。
そこまで認めたところで、俺は目をしっかりと見開いた。同時に、俺がいつの間にか眠っていたことに気が付いた。
微かに痛む頭を擦りながら身を起こすと、目の前には一枚のポスターが貼られていた。
まどろみの間に見た魔物娘が邪悪な笑みを浮かべながら、丘のように盛り上がる地図の上に立つ僧侶たちを取り囲み、いま正に飛びかからんとしているポスターだ。
僧侶の中には、まだ子供と言っていいほど幼い者も混ざっている。だが魔物娘たちは容赦なく子供も襲うのだろう。
そして僧侶たちの上方に、文字の描かれたリボンが踊っていた。
『われらの国が、人が狙われている!』
並ぶ文字は絵と相まって、魔物娘の危険性を煽ろうとしている様だった。
俺は顔を左右に向けるが、俺が倒れていたのは建物の間の、路地裏と言うにも細すぎる小道だった。おそらくほぼ人通りが無いのだろう。
こんな場所に貼られていても、誰も見やしないだろうに。いや、誰からも見られてないから今も貼られているのだろうか?
それよりここはどこだ?
俺の脳に、ようやくまともな思考が浮かび上がった。
とりあえず左右を見る。右手に見えるのは建物によって切り取られた細長い青空で、左側にはゴミ箱と薄暗い曲がり角があった。
左は行き止まりだ。右に進もう。
俺は石畳の上に立ち上がると、ポスターの前から離れて僅かに見える青空に向けて歩いて行った。
風が木を揺すり、葉を擦らせる音が聞こえる。
程なくして俺は建物の間を抜けた。心地の良い風が頬を撫でて行き、眩い日の光が降り注いだ。
薄暗い路地に慣れていた目が眩さに痛むが、じきに辺りの様子が見えてくる。
そこは、商店の並ぶ大通りだった。石畳敷きの道路に、一段上がった歩道。そして通りに面して何軒も商店が並んでいた。しかし、商店はいずれも閉店中らしく、通りにも人はいなかった。
完全に無人なのか?
困惑する俺の耳に、鐘の音が届く。結婚式の際に鳴らされるような、慌ただしい早鐘だ。強い風にあおられて鐘が鳴り響くことはあるが、これは風ぐらいで起こる音ではない。
誰かいるのだ。
鐘の音に誘われるように、俺は通りを進んでいく。色あせ、中途半端に破れた、『…ルを使…暮らしを便…』と文字の並ぶ張り紙の掲げられた店舗の前を過ぎる。
すると通りは広場のような場所に続いていた。
広場には木が植えてあり、その向こうに教会がある。教会の屋根から突きだした鐘楼で、鐘が日の光を反射しながら揺れているのが見えた。
教会に人がいるのだ。
無意識のうちに足が進みそうになったが、俺ははたと足を止めた。目に見えている教会が揺れたのだ。
そんなはずはない。俺の足はしっかりと地面を踏みしめており、振動一つ感じられない。だが、俺の目には教会の鐘楼がゆらゆらと揺れているように見えた。
一体なぜ?
疑問が胸中に起こるが、直後氷解した。広場に植えられた木の梢から、教会がその姿を全てあらわしたのだ。
鐘楼から屋根、入り口の上に設けられたステンドグラスの装飾。それどころか入り口までが木の向こうから浮かび上がってきたのだ。
教会が浮いている。
俺がその事実を麻痺した思考で受け入れている間にも教会の浮上は続き、基礎さえもが見えた。本来ならば地面に埋まっているべき部分には、いくらかの材木や金属、石材で補強された基礎と、パンパンに膨れた革袋が取り付けてあった。革袋は教会の基礎の前後左右四方向に取り付けられており、革袋の下では火が燃えていた。
そして、火の一つが大きく燃え上がり、革袋が大きく膨れ上がった。すると革袋が浮かび上がっていく。
だが、教会の下部に取り付けられた他の三つはもとの大きさのままだ。結果、教会はバランスを崩し、横転した。
鐘が鳴り響き、ステンドグラスが日の光を反射し、教会全体が真横に傾く。
パンパンに膨れていた革袋が燃え上がり、穴が空き、内側にとどめておいた熱い空気が抜けて縮む。
そして、鐘の音だけを残して、教会は広場に植えられた木々の向こうに消えて行った。
教会の浮上と横転と消失。俺は意識を硬直させたまま、誘われるように足を進めて広場の木々を迂回し、その向こうを覗いた。
木々の向こうには、何もなかった。
正確に言えば、手すりの向こうに地面が無かったのだ。
見えるのはただの青空ばかりで、少し下に革袋が覗いている。そして青空には、今しがた消えて行った教会と同じように建物がいくつも浮いていた。
俺の立っている地面が浮
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