(117)ワーム

燦々と輝く太陽の下、荒れ地を馬車が列をなして進んでいた。砂漠を渡るための隊商だ。
乾いた風が馬車の幌を撫でる。
日差しと相まって、強烈な熱と乾きが馬たちを襲う。
しかし、馬は皆涼しげな顔をしており、どうということもないようだった。
それもそのはず。馬たちの首には、冷気の魔法が込められた首輪がつけてあるからだ。
氷結結晶、氷精霊の欠片、極北石。呼び名は様々だが、砂漠の日差しの下でも快適に過ごせる効果に変わりはない。
無論、首輪にはそれなりの価値があり、すべての馬に首輪をつけさせているこの隊商はそれなりの財力があることを示していた。
幌に描かれているのは、図案化された三つ叉の根を持つ樹木だった。
それが、この隊商のシンボルだ。
荒れ地の上を進む馬車の一つ、一際立派な作りの馬車には、見張り台が備えてあった。
台の上には小柄な男が乗っており、遠眼鏡を手にあちこちをみていた。
「ん・・・?」
ふと男が声を漏らした。隊商の右後方に、小さな土煙をみたからだ。
いや、土煙が小さいのではない。距離が遠いのだ。
「土煙!土煙!」
小男は遠眼鏡を目から離すと、けたたましく鐘を打ち鳴らし始めた。
鳴り響く警鐘に馬はいななき、御者は手綱を引いて馬が暴れぬよう押しとどめた。
「なにが来た?」
一際立派な馬車の幌の中から、男が顔を出した。
「土煙です!ワームのようです!」
「よし・・・速度をあげて、前進を続けろ」
小男の報告に男がそう命ずると、小男は鐘を独特のリズムでたたき始めた。
隊商全体に、鐘の音で符号化された男の命令が伝わり、御者がそれに合わせて手綱を操る。
馬たちの足が速まり、隊商全体の動きが加速していく。
しかし、それでも右後方の土煙の速度には及ばず、徐々に距離を詰められていた。
「土煙、追ってきます!」
「よし・・・八番の二号を準備させろ」
男の言葉を、小男は鐘の音に変えて、隊商に響きわたらせた。
すると、隊商の後ろの方を進んでいた馬車の、後部の幌が開いた。
馬車の中にいた男たちが、人ほどの大きさの包みを抱え、何かを待っていた。
「・・・今だ」
男の言葉に小男は鐘を強くたたき、鳴り響いた音に合わせて、馬車から堤が投げ落とされる。
包みは地面の上を数度はねると、そのまま隊商から取り残されていった。
「・・・土煙、進路をそらしました!」
「そうかそうか。だが、もう少し走らせておけ」
当面の危機が去ったことに小男は胸をなで下ろしたが、男はどうということもない様子でそう命じた。
「しかし・・・中身は少しかわいそうですね」
「かわいそう?このトリフィートにいて、今更そんなことをいうのか。おもしろい冗談だ」
男は、わははと口に出して笑った。
「いいか、俺たちはあのワームと取引をしたんだ。商品と引き替えに、ワームから今一瞬の安全を買ったのだよ」
「いや、でも・・・」
「何だ?商品と引き替えに金をもらうのはいいが、見逃してもらうのはだめだとでも?」
「いえ・・・そういう訳ではなくて・・・」
「いいか、俺たちはこんなところでくたばる訳にはいかないんだ。俺たちの商品は教団からも魔物からも求められているんだ。俺たちがくたばったら、誰が商品を届けるんだ?」
「わ、わかりましたって・・・」
徐々に熱のこもる男に、小男はそう応じた。
「わかったならいい。もう二十分ほど走らせてから、速度を落とさせろよ」
男は満足したように小男に命令すると、幌の内側へ引っ込んでいった。
「はぁ・・・」
見張り台に残された小男は、ため息をついた。
隊商のリーダーはなかなかご立派なことを言っていたが、実際のところ自分たちがろくでもないことをしていることに変わりはないと、小男は理解していたからだ。
扇動。誘拐。売買。
トライフィート(三本足)は、その三本の根で幹を支えているのだった。
男に女に子供。何十人もの商品を乗せた馬車は、荒れ地の上を進んでいた。




荒れ地の真ん中に、泉があった。
泉の周りには木々や草が生い茂り、乾いた土地に一服の涼をもたらしていた。
そして、泉の一角に木と石を積み重ねて造った小屋があった。
小屋の中に目を向けると、部屋の一つに置かれた木枠に布を張って作られた簡易ベッドに、青年が一人横になっている。
ワンピースのような、薄手の布で作られた衣装を着せられていた。だが、襟元や袖口からのぞく彼の肌にはいくつか青あざが残っており、顔にもかさぶたがいくつか張り付いていた。
「うん・・・」
青年が、眉間にしわを寄せてうめき声を上げる。
体の傷が痛むのだろうか、うなされているのだろうか。いずれにせよ、苦しげな様子であった。
すると、きぃと木々がこすれ、きしむ音を立てながら、部屋の戸が開いた。
ドアの向こうから部屋に入ってきたのは、蛇のそれよりも頑丈そうな下半身を備えた、一体のワームだ
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