ワイバーンが一体、空を飛んでいた。
首から鞄を一つぶら下げ、風を切りながら飛んでいる。
眼下の大地はめまぐるしく流れていき、彼女の羽ばたき一つで馬でも数分はかかる距離を稼ぐ。
やがて、彼女の前方、地平線の向こうから建物の屋根が現れた。
尖塔や物見櫓が最初にのぞき、遅れて大きな建物、家屋が彼女の視界に入る。
そして最後に、建物を囲む塀が現れ、彼女の眼前に町が一つ姿を現していた。
ワイバーンは両腕の翼を大きく打ち鳴らすと、高度を稼ぎつつ、町を囲む塀の上を飛び越えた。
体を傾け、町の上空を旋回しつつ、地上の一角にそびえる五階建ての建物に向けて彼女は接近していく。風の流れに対して翼を立て、速度を落とす。
最後に一度翼を羽ばたかせてから、ワイバーンは建物の屋上に降り立った。
「ふぃー・・・」
彼女は今日も無事着地できたことに一息つくと、屋上の片隅に設けられた跳ね上げ戸を開き、屋内に入っていった。
彼女を迎えるのは、紙が擦れる音とインクの匂いだ。廊下を進み、扉を開くと、吹き抜けの大きな部屋に入った。
壁には天井まで届きそうなほど背の高い棚が並んでおり、幾人もの人や魔物が封筒を手に棚の前をあちこち移動していた。
部屋の中央には大きなテーブルがあり、いくつもの封筒を数人が手分けして種類分けを行っている。そして仕分けされた封筒を別の数人がチェックし、スタンプを押していた。
大量の封書とインクの匂いは、ここが郵便局であるという証だった。
「あ、レムさんお帰りなさい」
手紙の詰まった箱を抱えていた青年が、ワイバーンの帰還に気がついたようだった。
「ん、ただいま」
「お疲れさまです。今日の分、持っていきましょうか?」
「いいの?じゃあお願い」
レムは青年の厚意に甘え、首から下げていた鞄を開いた。中からとりだしたのは、十通ほどの手紙だった。
「ここにどうぞ」
「ありがと」
レムは青年に礼を告げながら、彼の抱えた箱の中に手紙を入れた。
「毎日大変ですね、朝の配達であちこち回って、一緒に手紙を預かってくるなんて」
「ふふ、もう慣れたわ」
青年の言葉に、彼女は微笑んだ。
この郵便局は、この町を中心にあちこちの村落も受け持っており、村落から発送される手紙も、村落宛の手紙も一度この郵便局を通るのだ。
だが、村はあちこちに存在するため、レムのようなワイバーンがいなければ配達や郵便の回収には時間がかかる。
配属当初は、毎日ヘトヘトになりながら手紙を届けていた彼女だったが、もう慣れてしまっていた。
「そうだ、レムさん。最近友人が、近くの料理店で働いてるんですよ」
ふと思い出したように、彼は話を切りだした。
「お客さんに出す料理も任せられるようになったって張り切ってるんで、ちょっと一緒にいかがですか?」
「食事のお誘い?」
「まあ、一応・・・あ、僕がおごりますから」
「私、一応ドラゴン系の魔物だから・・・その、食べるわよ?」
「問題ありません。むしろわりと量の多い店なんで、ちょうどいいぐらいですよ」
「じゃあ・・・お言葉に甘えて・・・」
青年の誘いに、彼女は乗ることにした。
「ありがとうございます!」
「それはこっちの台詞よ。ありがとう」
頭を下げる青年に、レムはクスクス笑いながら軽く頭を下げた。
「それじゃあ、夕方に出口のところで待ち合わせで!」
「夕方に、出口ね?」
「はい!」
青年は一つ頷くと、箱を抱え直し、足早に彼女のそばを離れていった。
「・・・ふふ・・・」
あんなに急ぐなら、食事の誘いなどしなければよかったのに、とレムは苦笑する。
だが、そうやって時間を稼いでまで、食事に誘ってくれたことに、彼女は青年の抱く感情の一端を読みとった。
そこにあるのは厚意ではなく、好意だ。
人から慕われることに、レムの胸の奥にくすぐったさが生じる。
だが、彼女の胸の内には、彼に対する好意と申し訳なさが同居していた。
「・・・さ、今度は南ね・・・」
レムは気分を切り替えるためにそう口に出して言うと、担当地区への配達物をとるため、仕分け済みの棚へ向かっていった。
そんな彼女の左翼膜、骨格から生える爪の根本には、銀色の輪がはまっていた。
担当地区への配達と、郵便物の回収を終える頃には、既に日はだいぶ傾いていた。
回収した郵便物を担当者に預け、郵便局の出口に向かうと、既に青年は待っていた。
レムが遅れたことを謝罪し、青年がそう待ってはいないと落ち着かせ、二人は夕日の射す町を歩きだした。
しばし足を進め、青年が足を止めたのはそこそこ大きな料理店だった。
予想以上に立派な店に、レムは驚くものの、青年とともに玄関をくぐった。
席に着き、少々不安そうにしていたレムだったが、運ばれる料理に舌鼓を打ち、青年と言葉を交わす内に彼女の緊張は解けていった。
そして、後はデザートを待つばかりというとこ
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