(114)バイコーン

街道沿いに小さな町があった。
宿場町と宿場町の間に位置する、休憩するには中途半端な場所だった。
おかげで、多くの旅人や荷馬車は訪れるものの、そのほとんどが素通りで、仮に止まったとしても休憩がてらお茶を飲む程度だった。
おかげで、この町は街道沿いだというのにそう大きくなく、住民も農業に専念して生活していた。
そして、その小さな町に唯一存在する茶店に、一人の女がいた。
たまに訪れる旅人をもてなすため、彼女は今日も並ぶテーブルを磨き、掃除をしていた。
「・・・よし・・・!」
光沢を帯びるほどに磨きあげられたテーブルを見回し、彼女は一つ頷いた。
これで、いつ旅人がきても、あるいは彼が帰ってきても大丈夫だ。
女は、ふと店の外に顔を向けた。
店の前を左右に横切る通りには、人通りはなかった。
店の前の通りは、街道から枝分かれした道の一本だからだ。
通りの入り口には、この店の宣伝看板を掲げてはいるものの、よほどの物好きでなければわざわざ小道に入ってこようという者はいないだろう。
どうやら、今日も忙しくはなさそうだ。
「ま・・・夕方の仕込みはしておきますか」
夕飯時、旅人ではなく近所の住民向けのテイクアウト夕食メニューの準備のため、彼女は店の厨房に入ろうとした。
しかし、その瞬間、店の戸が開いたことを知らせるベルの音が鳴り響いた。
「はーい、いらっしゃーい」
昼過ぎの来客。
珍しいものに彼女は驚きながらも、店の戸に向き直りながら声を上げた。
すると、彼女の目に、造りの丈夫そうな旅装束をまとった男が目に入った。
「や、久しぶり」
男が女に向け、にこやかに微笑みながら手を挙げた。
「ロゥ・・・?」
「やっぱりこの店にいたんだね、スゥ」
目を見開く女、スゥに向けて、男は続けた。
「ただいま」
「お、お帰りなさい・・・」
信じられない、といった様子で、スゥはそう返した。
「え・・・いつ帰ってたの?」
「ほんのついさっきだよ。仕事の合間に時間ができたからね」
「だったら、ここよりも先に・・・あ・・・」
スゥは実家に顔を出すように、といいかけて言葉を切った。三年前、彼の家族が流行病で倒れたから、彼は商人となるため町を出ていったのだった。
「まあ、ほかにも顔を出すところはあるけど、この町で一番会いたかったのが、スゥだったからね」
「え・・・」
ロゥの言葉に、スゥの心臓が小さく跳ねた。
ロゥと幼なじみとして共に育ちながら、いつしかスゥの内側に芽生えていた感情。
三年前に、とうとう口にすることができなかった想いに呼応してくれたかのようなロゥの言葉に、スゥは動揺半分嬉しさ半分であった。
「ところで、今大丈夫かな?ちょっと朝早くに前の町を出たせいで、昼を食べてなくて・・・」
「あ、大丈夫よ。メニュー取ってくるから、好きな席に・・・」
スゥがそういいながら、カウンターの奥に行こうとしたところで、再び店の扉が開いた。
「お待たせ。馬と馬車、預けてきたわ」
「お、ありがとう」
ベルの音と共に響いた女の声に、ロゥが応じる。
ロゥの言葉にこもった親しさに、スゥは店の戸口を振り返った。
そこに立っていたのは、スゥの知らない『女』だった。
きついウェーブのかかった黒い髪を長くのばし、豊満な胸を衣服に詰め込んだ、やや垂れ気味の目をした美人だ。
だが彼女の腰から下は、馬の首から下になっており、浅黒く短い毛が馬の身体を覆っていた。
半人半馬の魔物が、店の戸口に立っていた。
「え・・・?ロゥ、その・・・・・・ケンタウロスは・・・?」
「ああスゥ、紹介しておこう。彼女は・・・」
「バイコーンのディナトリア、ディナです」
半人半馬の魔物、ディナが微笑みながら頭を下げた。
よくよく見てみれば、下半身が馬の衝撃に紛れてしまっていたが、彼女の波打つ黒髪の間からは二本の角が伸びていた。
「ロゥとは、商売のパートナーとしても、夫婦としても仲良くさせてもらってます」
「え、夫婦!?」
スゥはディナの口から紡がれた言葉を、大声で繰り返していた。
「まあ、式とかはまだ挙げてないから、正式な夫婦じゃないんだろうけど・・・」
「もう、ロゥったら。二人が互いに自分たちは夫婦だ、と思えばそれでいいじゃない」
バイコーンは、男に向けてそう微笑んだ。
スゥは、ただ二人のやりとりを呆然と見つめていた。
「ところでスゥ、彼女の席もほしいんだけど、さすがにケンタウロス向けのイスとかないよね?」
「・・・え?あ、ごめんなさい・・・うち、人用のイスしか置いてなくて」
スゥは一瞬呆然としていたものの、どうにか我を取り戻し、ロゥの問いかけに答えた。
「じゃあ、カウンター席でいいわ。あのテーブルの高さなら、立っていてもちょうどいいし」
「んー、ディナが立っていてもいいっていうのならいいけど・・・悪いね」
「いいのよ。ロゥの幼なじみさん
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