(113)アークインプ

山の中の廃砦に住み着いたインプどもを追い払え。
いつもと変わらない、簡単な仕事のはずだった。



「がおー!」
露出度の高い衣装を身につけた幼い少女が、そう声を上げながら駆け寄ってくる。
頭には角、背中からは羽をはやした、いわゆるインプという魔物だった。
インプは身には魔力を帯びており、その魔力の影響を受ければ、彼女のタックルを全身で受け止め、一緒に倒れ伏したいという衝動に駆られるだろう。
だが俺は、腕を広げて腰を落とす代わりに、軽く拳を握って掲げた。
そして、インプが俺の腹に体当たりする前に、彼女の頭に拳骨を降りおろした。
ごちん、と鈍い音が響き、衝撃が拳に伝わる。
「んがっ!?」
インプは頭に降りおろされた拳にそう声を上げて倒れ込み、涙目になりながら身を起こした。
「い、いたい・・・」
「痛いか?もう一発ほしいか?」
インプは涙目のまま、首を左右に振った。
「だったら魔界に帰っておとなしくしてな。二度と悪さをするんじゃないぞ」
俺は彼女にそう言い聞かせると、床に座り込む彼女をそのままに歩きだした。
町外れの、山の中にある廃砦に入ってすでに一時間ほどか。
依頼によれば十数体のインプが住み着いているという話だったが、すでにそのほとんどをこうして拳でおとなしくさせていた。
魔王の交代に伴い、大部分の魔物が魔力で男を発情させて襲うという方法を採るようになったおかげで、俺のような人間が仕事をやりやすくなってきた。
俺はいわゆる、魔力が通じにくい人間だ。
血筋か生まれ育った場所によるものかはわからないが、俺は魔力の影響を受けづらく、通常の人間ならば興奮のあまり身動きがとれなくなるほど濃厚な魔力の中でも平然としていられるらしい。
だが、ただ魔力に強いだけであって、俺自身はそこまで強くはなかった。
しかし魔王の交代によって、魔物が命ではなく男を求めるようになってからは、抗して冷静に魔物の相手ができるようになった。
全く、魔王様様だ。
俺は、砦の廊下を進みながら、脳内の見取り図と自身の場所を照らしあわせた。
すでに砦の大部分を回っており、残っているのはお偉いさん用の部屋だった。最後の一部屋を確認すれば、砦にいるインプの片づけが終わる。
拳骨のおかげで、大部分のインプはいなくなっているだろう。
仮に俺に対して敵意を抱えているものがいたとしても、また返り討ちにすればいいだけのことだ。
そう考えながら俺は廊下を進み、最後の部屋の前に立った。
「・・・」
扉に手を当て軽く押すと、錆びた蝶番が音を立てながら扉が開いた。
「あ、いらっしゃい」
すると、大きなベッドの上で横になっていたインプが、俺に向けてそう声を上げた。
「へえ、ここまでこれたんだ。すごいね」
白髪か銀髪か、いずれにしろ真っ白な髪の毛のインプの声を聞き流しながら、俺は扉の左右に目を向けた。
どうやらこの部屋にいるのは、目の前のインプだけのようだ。
「あれだけいたボクの手下をなぎたおし、よくここまで来た!ほめて使わす」
俺は彼女の言葉を聞きながら、かつかつと部屋に入り、まっすぐにベッドに向かった。
「褒美として、このボクを・・・って、まだ話の途中だよ。止まって」
インプが俺に命ずるが、聞く理由はない。
「ほら、止まって」
ベッドの上に身を起こしたインプのそばまでくると、俺は拳を固めた。
するとそこでようやく危機感が芽生えたのか、インプが表情をこわばらせた。
だが、逃がす隙は与えない。
俺は彼女の白い頭めがけて、拳を振りおろした。
「・・・!」
インプが顔を伏せ、頭をかばうように交差させる。
その瞬間、彼女の体が一瞬光ったように見えた。
実際のところ、なにが起こったのかはわからない。だが、インプの体から何かが放たれ、俺の全身を打ったのは確かだった。
「・・・っ!?」
全身を打ち据える何かに、俺は一瞬声を漏らして、真後ろにひっくり返った。
尻餅をつき、背中を打って、廃砦の床に仰向けに横たわる。
「な、なんだ・・・!?く・・・!」
身を起こそうとするが、手足に妙に力が入らず、指先が床をひっかくばかりだった。
「・・・あれ・・・?」
いつまで経っても襲ってこない頭への衝撃と、代わりに届いた俺の転倒音と声に、インプは顔を上げた。
そして彼女は、ベッドの上から俺の方を不思議そうな目で見ていた。
「おい・・・!なにした・・・!?」
動かない手足をもがかせながら、俺はインプに問いかけた。
「な、何も・・・」
「じゃあ、何で俺は動けないんだよ!?」
俺の問いにインプはうーん、と考えてから、口を開いた。
「そうだ。動いていいよ」
彼女は許可の言葉を口にするが、そんなものでどうにかなるはずもない。
「何言ってるんだ、お前・・・」
「あれ?じゃあ、立って、起きて、歌って」
インプは次々に簡単な命令を連ねるが、そ
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