(112)大百足(オオムカデ)

大百足が、白い着物をまとって舞台の上に立っていた。
幾対もの足をはやした下半身を起きあがらせ、人の姿と変わらぬ上半身をもたげて立っていた。
両手には扇を持っており、響く笛の音と、時折鳴る太鼓に合わせ、ゆっくりと舞う。
大百足という魔物の姿と、顔に施された禍々しい隈取りが、舞に恐ろしい気配を付け加える。
だが、彼女の姿は恐ろしくはあるものの、どこか目を引きつけるような異様な魅力があった。
「そこにぃ〜きたぁるはぁ〜ゆみのあつたかぁぁ〜」
舞台袖から老人の、妙に間延びした声が響いた。
そして大百足の舞う舞台に、若い男が登場する。
磨き上げられた鎧を身にまとい、弓を携えた男だった。
顔立ちはまだ少年の気配を残していたが、そこに宿る表情はりりしかった。
「はちりのむかでぇにぃぃ、ゆみをひきぃ〜たおしたりぃぃ〜〜〜」
老人の声にあわせ、鎧姿の男は手にしていた弓を構えた。
そして背負った空の矢筒から、矢を一本抜き出すような仕草をすると、存在しない矢を弓につがえて、引き絞った。
数秒間、男の動きが止まり、弦を引く指がゆるむ。直後、びぃん、と弦が空を打つ音が鳴り響いた。
ただ弓を構えて鳴らしただけにすぎない。だというのに、大百足は動きを止め、ばたりと舞台の上に倒れ伏した。
「かくしてぇ〜〜みずほのさとよりぃ〜〜わざわいたちさりたりぃ〜〜」
カン、カンと拍子木が鳴り響き、太鼓と笛の音が高まる。
そして幕が舞台に降りると同時に、拍子木が高らかに鳴った。
「・・・・・・ふぅ・・・」
すべて終わったことに、男は低くため息をついた。
今年も無事、勤め上げることが出来た。
彼は構えていた弓をおろすと、倒れ伏す大百足の元まで歩み寄った。
「お疲れさま」
「うん、そっちもお疲れさま」
大百足は顔を上げると、男に向けてにっこりと微笑みながら、そう労いの言葉を口にした。
隈取りこそ恐ろしげであるが、表情は柔らかかった。
「怪我はない?立てる?」
「大丈夫よ」
男の差し出した手を取り、大百足は起きあがった。
「はいはい、お疲れさま〜」
巫女装束をまとった女が、舞台袖から二人の方へと歩み寄ってきた。
「今年も見事だったわよ。ほら、すぐ宴会が始まるから、二人とも準備しなさい」
「はい」
巫女の言葉に、大百足と男はうなづいた。
「じゃあ、また後でね」
「うん」
そう言葉を交わすと、二人は舞台袖から楽屋に向けて移動していった。



弓使いのアツタカの伝説は、この国のあちこちにある。
曰く、身の丈八丈の大イノシシを二本の矢でしとめた。
曰く、二十人力の力で城の門を押し開いた。
曰く、狼の群に矢を射放ち、一本の矢で三頭の狼をしとめた。
そしてこの近辺では、山に住む体長八里の大百足を退治したという話が伝わっている。
アツタカのおかげで大百足はいなくなり、付近の里は平和になった。そのことを忘れぬよう毎年祭りをやっているほどだ。
そして、今年もまた祭りの目玉である再現劇が奉納され、人々は宴会を楽しんでいた。
神社の境内にゴザを広げ、めいめいが好きなところに座って飲み食いしている。
「お、アツタカ様がきたぞ!」
酒を飲み、料理をつついていると、不意に声が上がった。
人々が顔を向けると、舞台の上で鎧をまとっていた男が、境内に現れたところだった。
すでに鎧は脱いでおり、普段着と変わらぬ格好だった。
「おーい、こっちだ、こっち来い」
男に、老人が中心となったグループから声がかかった。
「あ、はい」
「こっちだ、こっちに座れ」
祖父と孫といってもいいほど年上の老人が、自身の傍らのゴザをたたくままに、男はそこに腰を下ろした。
「おーし、今年もよくやったなあ」
「お前さんのアツタカは凛々しくていいぞ」
「ま、ワシの若い頃には負けるけどな」
すでにできあがっている老人たちが、男に口々に声をかけた。
「いや、僕は立派な鎧着て、弓を鳴らしただけですし・・・」
「それが難しいのよ、それが」
「妙に緊張してると、十分に引く前に指が外れちまうからな」
「それをお前さんは、よくやったよ」
「ま、ワシの若い頃には負けるけどな」
「ははは・・・」
老人たちの賞賛の言葉に、男は照れくさそうに笑った。
「それで、八里の大百足はまだか?」
「ああ、大百足ならまだ化粧を落としてるところだと思います」
頬や目元など、顔全体に描き込まれた隈取りは、遠くから見てもはっきりとわかるほど立派なものだった。
鎧の着脱にも時間はかかったが、大百足の隈取りに比べれば楽なものだ。
「それで若者よ。あの大百足の嬢ちゃんとはどうなんだ?」
「どうなんだって・・・まあ、そこそこ仲はいいと思いますけど」
「そういうのじゃないんだなあ」
当たり障りのない若者の返答に、老人の一人は腕を組みながら口を開いた。
「昔から、アツタカと八里の大百足を演じた
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33