(108)狐火(キツネビ)

人里離れた山の中に、二つの光があった。
青くゆらゆらと揺れる火だ。
だがそれは人の作った炎ではなく、とある稲荷の放った狐火だった。
支えも燃えるものもなく、ただ青い鬼火が二つ、木々の間をゆっくりと飛んでいる。
「はあ、男ほしいわぁ」
ゆらゆらと揺れる鬼火が、不意に言葉を発した。
「この山を下りれば村があるはずだから、そこまで我慢よ」
もう一方の狐火が、炎を揺らしながら応える。
「でも体が疼いて疼いてしょうがないのよぉ!ほら、体が火照って燃え上がっているみたい!」
「まあ、本当に燃えてるんだけどね」
叫びを上げる狐火に、もう一方が比較的冷静な声で応じる。
「あー、もうメラメラする・・・本当に村ってあるの?」
「主から聞いた話だと、五十年ぐらい前にあったらしいけど・・・って、ムラムラじゃないんだ」
「ムラムラを通り越してメラメラきてるのよ!このままだとモラモラに突入するわ!あー、チンポほしいー!」
人の姿をしていたら手足でも振り回しているのだろうか、狐火が炎を膨れ上がらせ、大きく揺れる。
「これで山下りて村がなかったら本当に私、メラメラどころじゃ・・・あ!」
「何?」
「私決めました!山下りて村がなかったら、私その辺の木の枝に処女捧げます!」
「そう、何言ってるの」
狐火は、明らかに様子のおかしい相棒の言動に、自身が帰って冷静になっていくのを感じた。
確かに彼女自身も男がほしいとは思っているが、相棒の言うメラメラほどはない。むしろ相棒がメラメラしているおかげで、ムラムラがミラミラに縮退したような気がする。
「やーい、ちんぽやーい!」
「静かにしなさいよ・・・」
二つの狐火は言葉を交わしながら、木々の間を通り抜けていった。
やがて、二つの鬼火は木々の間を抜けた。
斜面はいつの間にか平地になっており、二つの狐火は自分たちが山を抜けたことを悟った。
「あ、あそこにチンポが!」
「村でしょ・・・」
相棒の言葉にそう言いながらも、狐火は夜の闇の中にいくつかの灯火が浮かんでいるのを認めた。
村と言うにはやや規模が大きい。どうやら、五十年の間にだいぶ広がったようだ。
「はーい!チンポ見つけました!イってきまーす!」
そう声を上げながら狐火は勢いよく加速し、青い尾を引きながら飛んでいった。
「あ・・・」
狐火は飛んでいった相棒を見送りながら声を漏らした。
せめて町のどのぐらいを縄張りにするか決めておかないと、同じ男を取り合うことになるかもしれない。
だが、飛んでいった狐火の勢いを見ると、彼女が獲物をとらえる方が先のようだ。
「・・・気配を読めば大丈夫よね」
相棒の気配がしない男ならセーフ。
狐火はそう考え、ミラミラと疼く体をなだめながら、町に向けて飛んでいった。



暗い町の通りを、一人の男が歩いていた。
手には提灯を持ち、どこかふらつく足取りで進んでいる。
今の今まで仕事をしていたのだ。
提灯の明かりが照らす顔には、疲労が色濃く浮かんでいた。
着物の下では、疲れのあまり肉棒が屹立していたが、男は息子の相手をするより、家に帰って横になりたかった。
だが、ふと男の足取りが止まった。
通りの向こうに、明かりが一つ浮かんでいたからだ。
ゆらゆらと揺れる青い光は、むき出しの炎のようだった。
提灯も使わず、青く燃えるたいまつでも直接持っているのだろうか。
だが、男は徐々にこちらに近づく青い光に違和感を覚え、ついにその正体に気がついた。
青い炎を持つものが、誰もいないのだ。
ただ、青い火の玉が宙に浮かび、男に向けて近づいている。
「人魂・・・!」
男はひきつった声でそう漏らし、きびすを返して駆け出そうとした。
しかし、数歩も進まぬうちに彼の足がもつれ、その場に倒れ込んでしまった。
取り落とした提灯が地面に転がり、明かりが消える。
「ひ・・・!」
自分の持っていた明かりが消え、青い炎の放つ光によって自分の影が描き出されたことに、男は悲鳴を漏らした。
そして、疲れと恐怖によりろくに動かない足をもがかせながら、彼は逃れようとする。
だが、身の丈ほども動かぬうちに、男は動きを止めた。
自分の真上に人魂がいる。降り注ぐ青い光に、彼はそう悟った。
見たくない。このまま気を失いたい。
男はそう願うが、意志とは裏腹に彼の顔が動き、肩越しに振り返っていた。
すると、頭の中で重い描いていたのと全く同じ位置に、青い火が浮いていた。
「ああ・・・」
「ねえ、精気をくれないかしら?」
男に向けて、不意に女の声が降り注いだ。
人魂だけでも恐ろしいというのに、姿の見えない幽霊までいるのか。
男は、全身をいやな汗が濡らし、体を冷やしていくのを感じていた。
「あぁ、こっちの方がいいわね・・・」
怯える男に、人魂はそう呟くと、一気に膨れ上がった。
強まる火勢は、男の着物に火がつきそうなほどだ
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